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コロナ禍。全国からのSOS。対応するほど膨らむ赤字。資金ショートの危機。すべてを乗り越えたビビッドガーデン秋元の、決断の核にあったもの。

コロナ禍。全国からのSOS。対応するほど膨らむ赤字。資金ショートの危機。すべてを乗り越えたビビッドガーデン秋元の、決断の核にあったもの。

食べチョク生産者ファースト応援消費食の流通革命女性起業家レガシー領域DX

2025.03.03 公開

会社概要 - company profile

企業名:株式会社ビビッドガーデン

設立:2016

事業内容:全国の生産者から食材や花などを直接購入できるオンライン直売所『食べチョク』の開発・運営

推薦理由 - Reason for recommendation
大平裕介

大平裕介

株式会社Leaner Technologies 代表取締役

ビビッドガーデンは、BtoCの食の流通に革新をもたらすプラットフォーマーです。弊社リーナーはBtoBの購買体験を変革することを目指しており、領域は違えど『買い物』という領域では同じ目標を持っています。生産者と消費者を直接結びつける『食べチョク』の取り組みは、食の未来を切り拓く可能性に満ちており、ぜひ一緒に買い物の仕組みを改革していきたいと強く感じています。

これまでのキャリアとビビッドガーデン創業の経緯

─────まず最初に秋元社長についてお聞きします。どんな学生時代を過ごしましたか?


小学生のときは、将来漫画家になりたくて、教室の端っこでノートにマンガを書いているようなキャラでした。目立たない存在で、自分に自信がないタイプだったと思います。塾に通っていたんですけど、順位を貼り出す塾だったので、「せっかくなら上の順位を取りたい」みたいな気持ちでコツコツ勉強していました。


中学生になって運動部に入り、少し社交的になったと思います。「この高校に行きたい!」という目標ができて、がんばって勉強していました。高校生になると、テストのたびにランキングが出る学校だったので、順位を意識して絶対に1位になる!」という想いが芽生えました。負けず嫌いな性格になったのは、中学や高校くらいからだと思いますね。


大学では理工学部だったのですが、当時は金融に興味を持っていました。就職活動のときは日本銀行とか東京証券取引所、大手の証券会社を受けていました。小さい頃から母に「安定した職に就きなさい」と言われていたことも影響していたと思います。


実家はもともと農家だったのですが、そのときはもう農地は使っていなかったんです。そもそも農業で生計を立てるのは簡単ではないですから、そういう背景もあって母としては公務員とか銀行員とか、つぶれない会社に入って欲しかったんだと思います。私もそのつもりで金融系の大手を第一志望に就職活動をしていました。


就職活動中のとある日に、友人からたまたま「お寿司を食べに行こう」と誘われたんです。行ってみると、それがDeNAの会社説明会でした。説明会の会場で無料でお寿司が出るイベントだったのですが、そこで南場さんがお話をされていました。それが、簡単に言うと社会に出たらたくさん失敗してたくさん成長しましょうという話だったんです。


私が志望していた金融業界は、業務的にも誤りがあってはいけないので、当たり前ですがミスがないように仕事をすることを良しとしていました。キャリアパスもある程度明確で、減点されないようにしっかり仕事をして、社会人として階段を登って行くイメージでした。


ただ、そのときの南場さんのお話は真逆でした。「仕事を通じて人は成長すると思います。だから、たくさん挑戦してたくさん失敗してください。挑戦や失敗からは多くを学ぶことができるし、その分だけ成長します。みなさんが成長したら、それだけ会社の利益になりますから」。そんな内容だったと思います。当時の私には本当に衝撃的で、「この会社で強くなりたい。成長したい」と思ったんです


─────DeNAでの仕事について教えてください。


3年半在籍していましたが、いろんな部署を転々としていました。合計で4部署を経験したのですが、営業やサイトづくり、新規事業開発、マーケティングなどに関わっていました。


「挑戦を通じて成長できる」というのが私の入社理由のひとつなのですが、すぐに実感しました。入社半年でいきなり営業チームのリーダーを任されたことがあったんです。ほとんど営業をしたことがないのになぜか私がリーダーで、社員1人と派遣社員やアルバイトの方を合わせて8人くらいのチームでした。


まだほとんど成果を出せていないのにマネジメントをすることになったので、「どうすればいいか?」をたくさん考えて、必死でした。「ライオンは子どもを崖から突き落として育てる」みたいな話がありますが、まさにそういう感じです。


営業をやって、サイトづくりや新規事業づくりに携わり、その後に宣伝部でマーケティングをやることになりました。担当したのは『キン肉マン』のソーシャルゲームで、私の役割は宣伝の責任者でした。マーケティング予算に数億円かけて、テレビCMもやるようなタイトルで、その宣伝の全責任をマーケティングをやったことがない私が背負うことになったんです。


まず『キン肉マン』についてよく知らなかったので、漫画喫茶に泊まり込んでコミックを全部読みました。作者のゆでたまご先生のイベントがあれば参加させてもらい、とにかく必死にキャッチアップしました。宣伝もやったことがなかったのですが、責任者なので何とかするしかない。自分で勉強したり、わかる人を見つけて相談に乗ってもらい、どうすれば成果が出るかを常に考えていました


DeNAに在籍していたのは3年半ですが、本当はもっと長かったんじゃないか?と感じるくらいあっという間で濃密な時間でした。


─────そんな成長環境にあったDeNAを退職されて起業されたのは、どんなきっかけがあったのですか?


自分発でやりたいことが見つかったからです。DeNAで必死に仕事をしていましたが、自分の中から出てくる「これがやりたい!」にはまだ出逢えていませんでした。


個人的にも「心からやりたいと思えることを見つけたい」と思うようになって、いろいろと探し始めたんです。それが宣伝部に異動したころでした。部署のみんなに自己紹介をする機会がある度に「実家は農家です」と言うと、珍しいからか、みんなのリアクションが毎回すごく良かったんです。


そしてその度に「農家なんだけど、もう農地はないんだよな」とか、昔の気持ちを思い出しました。実家に行ってみると、農地だったところは以前よりも荒れていて、、、。その変わってしまった景色を見たとき「なんとかしたいな」と心の底から強く思いました


そのときはDeNAを辞めるのではなく、副業とか、会社の新規事業で農業に関われたらいいなという気持ちでした。そして、週末を使って農業の勉強会に出たり、いろんな農家さんに会いに行って農業について教えてもらうことを始めたんです。


『キン肉マン』で絶対に結果を出したいと思いながら、農業のことも気になる。そんな状態が1ヶ月くらい続きました。私は器用ではないので、同時にふたつのことを動かすのは難しくて、だんだんモヤモヤしてきたんです。


結局どうしたらいいかわからなくなってしまって、起業していた後輩に相談しました。後輩からは「そこまで農業のことを考えているんだったら、起業すればいいじゃん」と言われて、そこで初めて「起業」というワードが出てきてとてもスッキリしたんです。1ヶ月くらい悩んでいたのに、後輩と話した1時間で気持ちが非常にクリアになって、すぐに上司に伝えました。『キン肉マン』のプロジェクトをやり切って、しっかりと引き継ぎをして、そして2016年にビビッドガーデンを立ち上げたんです。


社員ゼロからスタートし、いまでは生産者1万軒・ユーザー数110万人のサービスへ

─────改めて、「食べチョク」について教えていただけますか?


生産者と消費者をつなぐプラットフォームで、私たちは「産直EC」と呼んでいます。オンラインの直売所と言うと、イメージしやすいかもしれません。


農業にはもともとJAさんがつくった仕組みがあって、生産者は一定の収穫量や品質を担保できれば安定的な収入を得ることができます。この仕組みがあるおかげで、私たちは一年を通じてスーパーでいろんな農作物を買うことができます。


ただ、農業は規模が大きくなればなるほど収益性が高まっていく産業だと言われています。一定の収穫量や品質を担保するためには、それだけ設備や人員に投資しなければいけなくて、中小規模の農家さんにはなかなか難しいのが現状です。加えて、安定供給のために販売価格は固定という前提条件もあります。これらの条件をクリアできるのは大規模農家さんがほとんどです。


日本の農家の内訳を見てみると、94%が中小規模だと言われています。こだわりの農作物をつくるのですが、大量生産できないので既存の流通に乗せることができない。結果として、経済的なリターンを得ることができない。そういう農家さんがたくさんいるんです。


その課題を解決するためにつくったのが、「食べチョク」です。生産量は少ないかもしれませんが、こだわりを込めてつくられている農作物はたくさんあります。スーパーに並んでいるものと比べて少し形がいびつでも、少し値段が高くても、味が良いものがたくさんあります。そして、そういう農作物を求めている消費者もいます。双方を直接つなげる場所があれば良いなと考えて、つくったのが「食べチョク」です。


中小規模の農家さんはたくさんあるので、「食べチョク」を通じてこだわりの農作物がたくさん売れて、農家さんが元気になり、日本中に色鮮やかな農地を取り戻したいという想いから、社名を「ビビッドガーデン」にしました。


会社を立ち上げて、いろんな人の助けを借りながら「食べチョク」をつくっていったのですが、一緒にやる仲間が欲しくて社員の採用を検討していたんです。前職ではいろんな部署を経験していましたし、自分で言うのも変ですけど結構顔が広いほうだったので、「誰かが手伝ってくれるだろう」と思っていました。でも、フタを開けてみると「週末なら手伝えるよ」みたいな人が多くて、いまの会社を辞めてまでビビッドガーデンにコミットしてくれる人はいませんでした。


私の中でも、うまくいかないかもしれないし、その人の人生を巻き込めないな」みたいなモジモジしたところもあって、起業家なのに強く誘うこともできず(笑)。最初の1年くらい社員はゼロでしたね。


「食べチョク」をリリースして、いよいよ自分だけでは無理だと思い、本気で採用しないとダメだということでいろんな求人サイトを使って募集を出したんです。知名度があるところも、そうじゃないところも、合わせて50サイトくらいに求人を出したと思います。そのなかのひとつからたまたま2件の応募があって、そのうちの一人がいまのCTOなんです。


彼は当時SIerに勤めていて、受託でサービス開発をしていたのですが、明確な目的を持ったサービスをつくりたいと考えていたようでした。「食べチョク」なら目的がハッキリしているし、誰に対して価値提供しているかも明確なので、そこに興味を持ってくれたみたいです。技術のことはそこまで詳しくないのでエンジニアの知人に相談したところ、「こんなハイスペックの技術者はなかなかいないよ」と驚いていました。そこから、必死に口説きましたね(笑)。無事に入社してくれて、それ以来一緒にサービスの磨き込みを続けてきたという感じです。


───── “ 一人目のエンジニア ” の採用は特に大切ですよね。その方は御社がやろうとしていることに興味があったということですが、改めてビビッドガーデンのビジョンについて教えてください。


私たちが掲げているのは「生産者のこだわりが正当に評価される世界へ」というビジョンです。簡単に言うと、規模が小さい生産者でも、そのこだわりをちゃんと伝えることで、きちんと利益を得られる世界をつくりたいというものです。


私の実家は当時、農薬や化学肥料などを極力使わずに農業をしていたらしくて、すごく手間をかけていたものの価格に乗せずに販売していたようです。ほかにも、知り合いで棚田を守るためにがんばっている農家さんがいるのですが、機械化が難しくてとても非効率だけど、環境保全や棚田文化を守るという文脈で農業を続けています。


こういった背景にあるストーリーがわかれば、ちょっと高くても応援したいという消費者は必ずいると考えていました。そのため、既存のJAさんの仕組みと併用してもらえたり、高付加価値型の農業をやっている人が新たに使える販売ルートをつくりたい。そんな想いがこのビジョンには込められています。


─────私たちが知らないだけで、価値ある農作物をつくる生産者さんはたくさんいらっしゃいますよね。ちなみに、生産者のこだわりを消費者に伝えるために、「食べチョク」にはどんな工夫があるのでしょうか?

※本記事の内容はすべてインタビュー当時のものであり、現在とは異なる場合があります。 予めご了承ください。