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外資企業でマーケティング、コンサル会社で企業再生。結果を残してきた一色が次に選んだのは在宅医療・介護領域。目指すのは、社会的意義と事業の持続性が両立する未来。

外資企業でマーケティング、コンサル会社で企業再生。結果を残してきた一色が次に選んだのは在宅医療・介護領域。目指すのは、社会的意義と事業の持続性が両立する未来。

社会課題解決エッセンシャルワーカー在宅医療業務効率化労働生産性向上SaaSAI活用

2025.08.29 公開

会社概要 - company profile

企業名:株式会社ゼスト

設立:1987

事業内容:在宅医療・介護事業者向けスケジュールの自動作成及びスケジュールの最適化ツール『ZEST』の提供

推薦理由 - Reason for recommendation
吉村 英毅

吉村 英毅

株式会社ミダスキャピタル 代表パートナー

私の大学時代からの友人である一色さんは、新卒でP&Gに入社し大企業のマーケティング案件を多数経験された後、YCPグループ創業期に参画し新規事業開発や事業再生など多岐にわたるプロジェクトを成功へ導いてきました。豊富な経験と戦略眼を持つ一色さんのリーダーシップのもと、ZESTは在宅医療・介護業界での生産性をさらに高め、持続可能な社会のエコシステムとなることを確信しています。ミダス企業群として共に成長していけることを楽しみにしています。

これまでのキャリアと代表取締役 CEO就任の経緯について

─────今日はお時間をありがとうございます。まず、ご自身のキャリアについて教えてください。


東京大学の大学院を卒業して、プロクター・アンド・ギャンブル(以下、P&G)に就職してマーケティングをやっていました。

もともと就職活動をしているときから、「新卒で入社した会社でずっと働き続けるのはおもしろくない」と思っていて、「いろんなことを経験したい」「いろんなことにチャレンジしたい」という気持ちがありました。

外資系企業に絞って就職活動をしたのですが、それは「外資系の世界では一つの会社で定年まで勤めあげるよりも、ある程度の経験を積んだら次の会社に転職する」というイメージを持っていたからです。


幸いにもいくつかの企業から内定をいただき、そのなかで自分自身が一番面白そうだと思ったのがマーケティングの仕事でした。新しいプロダクトをつくっていくことやブランディングをすること、お客様がまだ気づいていない価値を提供していくところに魅力を感じて、P&Gのマーケティング本部に就職しました。


─────P&Gではどのような経験をされたのでしょうか?


配属先はヘアケアカテゴリーで、ずっとシャンプーブランドを担当していました。私が入社したころは日本にアジアのヘッドクォーターがあったのですが、途中でシンガポールに移ったため、日本とシンガポールでマーケティングについて勉強させていただいたというのが最初のキャリアになります。

P&Gで学んだことは、現在でも仕事をする際の根源になっているものが多いです。最も色濃く染み付いているのは「Consumer is Boss」というカルチャーです。これは、新しい商品やブランドの価値訴求を考えるときのスタンスのことで、簡単に言えば上司や社内の顔色じゃなくて、お客様としっかり向き合いなさいということだと理解しています。

お客様が本当に欲しいもの、お客様がまだ気づいていないけれど、提供されたらびっくりするくらい喜ぶもの。そういったものを考え、探し当てていく。P&Gでは「Delight(大きな喜び、歓喜)」と呼んでいました。

A案とB案を持っていき、どちらが良いか上司に決めてもらうのではなく、お客様のリアクションこそが物差しになります。お客様の反応に「Delight」があるかどうか。それが唯一の価値基準でした。こういった「Consumer is Boss」のカルチャーには、現在も強く影響を受けていると思います。

その後、2012年に最初の転職を経験します。大学時代の先輩とP&Gの先輩が共同創業した会社があり、「一緒にやらないか?」と誘われたんです。いまはYCPホールディングスという社名で東証にも上場しているのですが、当時はまだヤマトキャピタルパートナーズというできたばかりの会社でした。

その会社は、企業に投資して一緒にバリューアップしていく、いわゆるプライベートエクイティの側面と、コンサルティングの側面を持っていました。ファッションイベント事業をやっている企業への投資と企業再生が私の役割で、2013年から2015年くらいまでフルコミットで担当していました。当初は赤字が大きかったのですが、少しずつ事業を立て直し、収益を上げられるように抜本的な改革を進めていきました。

P&Gは大企業なので、いろんなことが整備されていました。でもYCPの立ち上げのときは、サポートしてくれる部署はありません。契約書のチェックも、請求書処理も、資金繰りも、すべて自分でやることになります。


投資先企業の事業を立て直すことや細かい実務をすべて自分で行なうことを通じて、経営というものを身体で理解できたと思います。あのままP&Gで働いていたら経験できなかったことだと思うので、個人的には良いチャレンジだったと思っています。

その後、再建を手伝っていたファッションイベント事業は軌道に乗り、その一部を上場企業に売却することができました。私自身、新たな役割として大企業のマーケティング支援や新規事業立案のようなことも担当し、これまでとは違う挑戦をしていました。

YCPとしても、上場という大きな目標に向けてがんばっていて、創業期から会社の立ち上げに参画していた一人として、会社の成長のためにがむしゃらに働いていました。そして2021年12月、ついに東証に上場することができたんです。

上場を果たし、「さあこれから!」というときに、ミダスキャピタル代表の吉村さんと会食をする機会がありました。彼は大学時代のサークルの先輩で、付き合いも長く、良き先輩です。以前から「何か一緒にやろうよ」と声をかけてくださっていて、YCPが上場したこともあり、「上場して区切りがついたと思うから、一緒にやろう」と誘ってくださったんです。

上場した直後ですし転職する予定はなかったのですが、数ヶ月後に「おもしろい会社があるんだけど、どう思う?」と連絡が来たんです。そのおもしろい会社というのが、株式会社ゼストでした。


─────上場から数ヶ月後が経っているとはいえ、連絡が来たときは「さあこれから!」という状況ですよね?


そうですね。ただ、私のなかには新しい挑戦の機会を探していた部分も少なからずありました。みんなでがんばって上場を果たし、子会社も含めると1,000名規模のグループになりました。そんななかで、「自分の力で会社や事業を大きくしていくチャレンジがしたい」と考えるようになっていたんです。そんなタイミングでミダスキャピタルの吉村さんから連絡をいただきました。

その後、ゼストという会社について調べていった結果、「やってみたい」と思うにいたりました。


─────どういう部分に魅力を感じたのでしょうか?


大きく4つあります。1つ目は、会社のサイズです。当時社員は3人で、自分たちのオフィスはなく、フルリモートで働く社員が2人とシェアオフィスで働く社員が1人。売上も非常に小さかったので、新しく会社をつくるみたいな状態でした。ゼロベースに近いところからどこまで会社を成長させることができるかというのは、自分の力を試すにはとても良い環境だと思いました。

次に、ミダスキャピタルという大きな後ろ支えがあったことです。いろんな方を紹介してもらえるネットワークや、経営判断に困ったときにアドバイスをいただける。精神的な意味での支えがあるというのは、非常に大きいと思いました。

理由の3つ目は、業界の面白さです。ゼストは当時から人手不足が深刻な業界向けに、仕事の割り振りやスケジューリングを支援するサービスを提供していたのですが、なかでも在宅医療や介護といった分野はこれからの時代にますます重要性が高まると思いました。

いわゆるエッセンシャルな領域は絶対に必要です。そんなに大事な領域なのにもかかわらず、調べていくとたくさんの課題がありました。人手不足はもちろん、経営が難しくて会社が倒産・廃業していくとか、業務がアナログでなかなか効率化されないとか、課題が山積していました。世の中にとって重要な領域において、たくさんの課題を解決することができれば、これまで以上に大きなやり甲斐を得られるのではないかと考えたんです。


最後の理由は、自分の力というか、持っている知識や経験が活かせるのではないかと思ったからです。当時のゼストが提供していたスケジューリングを便利にするサービスの価値は、ほとんど業界に浸透していませんでした。P&Gでのマーケティング経験が活かせると思いましたし、自分の力が発揮できる領域なのではないかと思いました。


─────確かに世の中にとって大事な領域であることはわかるものの、まったくの異業界で不安はありませんでしたか?


そうですね。確かに環境が大きく変わるので不安な気持ちは少なからずあったかもしれません。ただ、YCP時代に経営コンサルのようなことをさせていただいて、会社を良くしていくことが好きだったんです。

企業再生をする場合、置くべきKPIを見直し、黒字化までのロードマップをつくり、施策に落とし込んでいきます。うまく行かなければ施策を見直し、また実行していく。このプロセスに、私はやり甲斐を感じていました。

在宅医療や介護の領域も同様で、いろんな前提条件や事業として成立させるためのさまざま要素があります。それらを整理し、順番を整えて、実行していく。正しい打ち手になっていれば、数字に変化が出てきますから、そこで手応えを感じられるし、「じゃあ次はここに手をつけよう」というモチベーションにもなります。

医療や介護は、地域のインフラとして不可欠という前提条件があると思います。これがないと地域社会が成り立たないというか、存在しているだけで価値や意義がある。だから売上や利益も大事なのですが、「そこに存在し続ける」ことが大切だとよく言われます。

この考えはすごく正しいと思っていて、事業として赤字だとしても、そこに事業者が存在していることによって支えられている高齢者の方々がたくさんいらっしゃることはその通りだと思います。

また、事業者側を細かく紐解いていくと、大きな病院のひとつの部門が在宅医療や介護をやっていて、その部門が赤字でも病院全体でカバーできているから構わないとか。社会福祉法人であったり、独立行政法人だから、売上や利益ではなく存在自体が大事ですとか。そういう考え方があることは理解していますし、それ自体は何も悪いことではないと思っています。

その上で私が考えているのは、在宅医療や介護の事業者が経営努力をして、これまでよりも収益を出すことができたとするなら、どうなるのだろうということです。現場で働く従業員の方々の給料をあげることができるかもしれないですし、より良い労働環境にできるかもしれません。事業を通じてこれまで通り地域社会に意義を提供し、同時に事業者として売上や利益を出して従業員の方々に還元する。これらは共存共栄できると思っているんです。

そのために、私が持っている経営ノウハウや経営技術が少しでもお役に立てばうれしいですし、やってみる価値があると思いました。不安はあったものの、期待のほうが大きかったですね。


─────社会的な意義だけに目を向けるのではなく、事業としてもしっかり成立する状態を目指すということですね。


おっしゃる通りです。社会的な意義があるだけに、持続可能なものにしていく必要があると考えています。

たとえば介護士の仕事は、多くの方から「しんどそう」というイメージがあるかもしれません。肉体的にかもしれないですし、経済的にかもしれません。そんなイメージがある仕事を、これから社会に出る若い人たちが積極的に選ぶかというと難しいと思うんです。もちろんゼロじゃないと思いますが、増え続ける高齢者の数と比較すると少ないはずです。

この課題の解決方法を考えたときに、経営改善をして収益を出し、給料に還元していくことは、アプローチのひとつとして成立すると思います。お金がすべてではないですが、経済的な豊かさがあることで、肉体的にしんどい仕事をがんばるための支えになると思うんです。

このような大きな課題の解決に向き合うことは、私にとっても非常に大きなチャレンジになると思いました。そこで、2022年9月にゼストの代表取締役社長 CEOに就任したんです。


生産性向上はもちろん、新たな収益を生むサービスへ

─────ゼストが提供しているサービスについて教えてください。


在宅医療や介護事業者の方々に向けて、いろいろなサービスを提供しています。いずれも収益を最大化するためのクラウドサービスで、働く環境を改善して、いまよりも収益が出るようにし、それを給料に還元することで良いサイクルをつくる。そのためのお手伝いをするサービスです。


わかりやすいのは『ZEST SCHEDULE』です。訪問スケジュールの作成や把握、管理が簡単にできるようになるプロダクトです。

スケジュールをつくるのは管理者さんの役割なのですが、これが本当に大変で、月に数十時間とか使っている事業者さんもいます。まずはその状況を改善し、管理者さんにかかる負荷を軽減しました。同時にスタッフの方々の稼働率をあげ、事業所の生産性向上を支援しています。

『ZEST HUB』というのは、いわゆる働き方を実現するもので、業務に必要なあらゆる情報をスマホで管理できます。自分の予定や次に訪問する利用者さんのケアに必要な情報がスマホで確認でき、利用者さんの電子カルテにも遷移できますし、ケアマネージャーさんに電話をかけることも可能です。これまでは情報が連携されておらず、紙の資料やWeb上のツールを行き来していて業務効率が悪かった。そこをシームレスにつなぐことで、仕事の効率を引き上げるサービスになります。

『ZEST MEET』は、営業効率を高めるためのサービスで、効率的に仕事ができるようになってスケジュールに余白が生まれたときに、その空いた時間帯を外部に共有して新しい仕事をもらいやすくするためのものです。生産性を高めることで使える時間が増えれば、その時間を新しい仕事にあてる。そうすることで収益性が向上すると考えています。自分たちのスケジュールを外部と共有し、新しい仕事を得る。そんな文化を少しずつつくっていきたいという想いで開発したサービスで、まだ試験段階ですが、これからどんどん改良していこうと考えています。

『ZEST RRM』というのはいわゆるCRMツールで、病院やケアマネージャーなどに新規利用者の紹介をいただくための営業活動を支援するものです。業務効率が上がり、使える時間が増えた。じゃあ、その時間で新規の利用者さんを獲得できれば、結果的に売上が増えますよね。当社の営業責任者はSalesforce出身で、CRMのプロなのですが、マーケティングオートメーションツールの会社の役員経験も持っていて、顧客獲得について本当に深い知見があるんです。彼のアイデアを存分に取り入れながら開発したものになります。

また、さまざまな経営指標を見える化する『ZEST BOARD』もあります。在宅医療・介護の事業は、訪問件数や移動時間、既存や新規の利用者数、利用者のMAPなど、スケジュールのデータに重要なKPIになる要素がたくさん入っています。それらを集計・グラフ化し、視覚的にKPIの進捗を把握できるダッシュボードがあれば良いと考え、リリースしたものです。

これらがあることで、効率的なスケジュールをつくり、効率が高い環境で業務を進め、新規の利用者を獲得して、結果的に事業所の売上を伸ばすことに繋がります。また、KPIを見ながら課題点を抽出し、改善を進めることも可能です。


この領域はどうしても労働集約型の側面があると思っていて、収益を最大化するには人を増やす必要があります。採用をするためにも、売上を伸ばし、スタッフの方々の給料に還元することで、より良い労働環境が提供でき、採用力も上がるはずです。このサイクルを回していくことがこの業界での勝ち筋だと思っていて、それを実現するためのさまざまなサービスをクラウドで提供しているというかたちになります。


─────こういったサービスが生まれた背景について教えて下さい。たとえば、「KPIを把握できるようにしたい」などのリクエストがあったのでしょうか?


そういったリクエストはなかったですし、そもそもKPIを置いて状況の把握や分析をしている事業者さんは多くないです。

提供しているサービスはいろいろありますが、依頼されてつくったものはほぼありません。要望されたものをそのままつくるというよりも、事業者さん自身が気づいていないけれど重要なもの、やるべきものをつくっていく。このスタンスを大事にしています。

これはP&Gのときの経験なのですが、シャンプーブランドを担当していたときに、「こんなシャンプーが欲しい」といったお客様の声がたくさん挙がってきたんです。でも、そのままのシャンプーをつくっても、なかなか売れませんでした。もちろんお客様の声をまったく聞かないというわけではなく、お客様の声だけを聞いても売れる商品をつくることは難しいということです。

お客様の声を聞いたうえで、「ということは本当に求められているのはこういうことだよな」と、より本質的なニーズを探すようにしていました。これを、「お客様も出会ったことがないようなニーズ=アンメットニーズ」と呼んでいたのですが、私たちなりに事業者さんのアンメットニーズを探り、それをサービスに落とし込んでいったというのが正しいと思います。


─────百発百中でアンメットニーズにヒットさせるのは至難の技だと思うのですが、実際うまくいかなかったものもあるのでしょうか?

※本記事の内容はすべてインタビュー当時のものであり、現在とは異なる場合があります。 予めご了承ください。