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株式会社シフトメーション 代表取締役 能塚 正基
設立:2015年
事業内容:勤務シフト自動作成サービス『Shiftmation』の運営
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倉林 陽
DNX Ventures マネージングパートナー 兼 日本代表
人手不足が進む中で、医療・介護・宿泊などの現場をどう支えるかは、社会的にも大きなテーマです。能塚さんはその課題に対して、シフトという複雑で本質的な領域から挑んでいます。現場解像度の高さと、そこにテクノロジーで価値を届けようとする姿勢に、私は強く可能性を感じています。シフトメーションの挑戦をぜひ多くの方に知っていただきたいです。
はじめに
特に第3次産業(サービス業)の現場で広く運用されているシフト勤務。スタッフ数が増えるほど、指数関数的にシフト作成の難易度が高まることはご存じだろうか。
医療や介護、福祉など24時間稼働の現場では、「早番」「遅番」などを組み合わせながらも勤務間インターバルの遵守が必須。また、「新人だけの時間をつくらない」「特定の処置ができる人を必ず1名配置する」など提供するサービスレベルを一定以上に維持することが不可欠。さらには、スタッフごとの所得制限に対する考慮やシフト数の公平性担保、スタッフ同士の相性といった目に見えない条件を調整する必要もある。
考慮すべき変数が多すぎ、組み合わせ数が膨大になることから、スタッフ数が多い現場ではシフト作成に大量の時間が投下されている。少子高齢化が進み、需要と供給のバランスが崩れ始めている医療や介護、福祉の分野において、この「難解な勤務シフト作成」は大きな懸念点だ。
そんな難解な勤務シフト作成を、人工知能を用いて数秒で終わらせるサービスを開発したのが株式会社シフトメーションだ。2018年8月の正式版リリース以降、累計50万件以上のシフト作成・導入法人数350社以上という実績が、勤務シフト作成にどれだけ多くのペインがあったのかを物語っている。今回は株式会社シフトメーションの能塚代表に、起業の背景からサービスの開発秘話、今後の展望にいたるまで、ThinkD単独でじっくりお話を伺った。
これまでのキャリアと起業の原点
─────まずは簡単にこれまでのご経歴について教えてください。
出身は福岡県で、父親が医師、母親が薬剤師という家庭で育ちました。父親はもともと福岡の大学病院のがんセンターに勤務していたのですが、その後は長崎の僻地で病院の院長を務めるようになりました。そして、私が中学にあがるタイミングで個人クリニックを創業しました。そのため、幼少期は福岡と長崎を行ったり来たりするような環境でした。
中学からは神戸で下宿生活を始め、中高の6年間は一人暮らしのような形で過ごしたことになります。
─────その後、東京大学の法学部に進学されたと伺っています。ご両親のお仕事を考えると医学部かと思ったのですが、なぜ法学部だったのでしょうか?
小さい頃、漠然と「僕もお医者さんを目指す」という話をしていたのですが、物心がついてくると、そもそも血を見るのが苦手だということに気がつきました。人を助ける医師という仕事は非常に尊いと思いながらも、「職業適性がないのではないか」と感じたんです。
そこで、高校生のときに、自分の将来について改めて考え直しました。医師としての父親に憧れた部分もあったのですが、経営者としての姿も見ていたことを思い出しました。

実家の本棚には医療に関する本がたくさんあるのですが、その中にはピーター・ドラッカーなどの経営関連の本もたくさんあり、興味本位で私も読んでいました。そのことを思い出し、「医療とは別の形で、いい事業をつくり、世の中の人の役に立てたら素晴らしいな」と考えるようになりました。
ただ、将来は自分で事業をやろうという大きな方向性は決まったものの、どの領域で、どのような事業をするかまでは考え切ることができませんでした。であれば、法律について学んでおけば、起業するときも、事業を始めてからも役に立つと思い、法学部を選びました。
─────その後、新卒でNTTドコモを選ばれたのはなぜでしょうか?
大きくふたつの理由がありました。ひとつは、社会への影響力が大きい仕事をして、世の中の役に立ちたいという想いです。もうひとつは、当時はガラケーからスマートフォンへ移行するタイミングで、1億人が利用するインフラの変化に当事者として関われることに魅力を感じたからです。
個人的にデバイスが好きなのですが、当時は毎年大幅に進化している頃でした。影響力が大きい立ち位置で、変化が激しく、刺激のある環境で仕事がしたいと考えたからです。
─────NTTドコモでは、どのような経験を積まれたのでしょうか?
最初の3年間は新宿支店のドコモショップでエリアマネージャーをしていました。その後、本社に異動し、マーケティング部門で顧客満足度の向上や解約率低減に向けた戦略立案に携わっていました。
ドコモショップで学んだのは、どれだけ優れた戦略をつくり、ルールを整備しても、現場での実行が伴わなければ意味がないというリアルな教訓です。というのも、ドコモショップは代理店の方々によって運営されています。インセンティブ設計ひとつをとっても、こちらの意図した通りに動いてもらえるわけではありません。理屈だけでなく、店舗に通い、会話を積み重ねることで人間関係をつくっていくことが重要です。
「ここまでやるのは難しい」と言われても、足を運んで現場スタッフとの関係を築き、実現までの道筋や支援を準備した上で、やっと施策が実行されます。そういう泥臭い部分を、新卒のときに学べたことはすごく良かったと思っています。
マーケティング部門でも、戦略を形にするための他部門との調整が欠かせませんでした。満足度向上のためには、通信環境を良くするのか、料金を見直すのか、それともドコモショップのサービス向上に取り組むのか、いろんな打ち手があり、マーケティング部門だけでは完結しないからです。大きな組織の中で、共通の目的意識を持ち、調整しながらゴールに向かって進んでいく経験は、いまの仕事にも活きていると思います。
─────その後、転職されていますね。
そうですね。NTTドコモに入社して5年半が経ったころだったと思います。
母親が亡くなったことが転職した強いきっかけです。母親は社会に出た私のことをとても応援してくれていました。高校生のときに「将来は起業する。自分で事業をやる」と言っていたときも、母親は「やりたいことをやりなさい」と見守ってくれていたので、その目標に立ち返るために転職を決意しました。
転職を決めた際、「NTTドコモという看板がなくなったときに、自分に何ができるだろう?」と考えました。自分で事業をやるためにも個人のスキルを極限まで高められる環境に身を置きたいと考え、UX・ビジネスコンサルティングのビービットに転職したんです。
─────ビービットでの経験はいかがでしたか?
想像以上にハードでしたが、学びの多い環境でした。特に苦労したのは、仕事の進め方の変化です。以前は組織で動いていましたが、転職後は基本的に個人で完結させる必要がありました。
コンサルタントとしてプロジェクトにアサインされ、課題の抽出から改善策までをすべて自分でつくり、週次で顧客対応をしていきます。BtoCからBtoBの仕事に変わったことなども含め、変化に適応するのに時間がかかりました。
ただ、コンサルタントとして課題解決のプロセスを一気通貫で担う経験が積めたことは大きな収穫でした。それに、ビービットはデータだけでなくユーザーの心理や行動を観察してコンサルティングを提供することを強みにしていました。そういった「行動観察」を重視する手法は、いまのプロダクト開発にも非常に役立っていると感じています。
─────ありがとうございます。その後、長崎のご実家に戻られたと伺っています。
実家は小さなクリニックで、父親が医師として診察を行い、母親が薬剤師として調剤業務などを担当していました。ただ、母親が亡くなってからは事務仕事に穴が開き、父親は診察に追われる中で、病院経営が右肩下がりの状態になっていました。そこで、私が実家に戻り、立て直しを手伝うことになったんです。
10人くらいの病院で、医師は父親ひとり。あとは看護師さんや技師の方、ほかには事務の方という構成でした。父親は診察室の中のことはわかりますが、それ以外は一切見えていない状態だったので、現場で起きていることをちゃんと把握して、改善していくことが私の役割でした。
─────現場はどのような状況でしたか?
驚いたのは、業務の非効率さです。もちろん、わざとそうしているわけではなく、「昔からこうやってきたから」という理由で、効率の悪い業務フローが多数残っていました。
具体例をひとつ挙げると、保険点数の請求をする際には点数計算をする必要があるのですが、その方法がとても非効率でした。Excelに点数の一覧を入力し、そのシートを印刷して、電卓で合計値を出してから、Excelシートの最後のセルに入力し、それを再び印刷して郵送していたんです。
おそらく、パソコンが導入された当初にExcelに不慣れな方がつくったフローが、そのまま引き継がれてきたのでしょう。経営者としての父親は診察室以外のことはわからないので、改善の目が入ることがなかったのだと思います。そういった細かい非効率を見つけて、ひとつずつ改善していきました。

─────業務を担当しているご本人に悪気はないので、改善が難しそうですね。
おっしゃるとおりです。院長の息子とはいえ、外からやってきた私に「ここがダメだからこうしてください」と言われたら、嫌な気持ちになると思います。だから、ドコモショップのときのように人間関係づくりから始めました。
また、ビービットの行動観察の経験も活かせました。業務をしている様子を観察することで、どこで手が止まっているかがわかります。そこには何らかの課題があるはずなので、「何に困っていますか?」とヒアリングします。
最初に業務ヒアリングをするのではなく、まず行動を見ることから始めたので、非効率につながっている課題が抽出でき、より本質的な業務改善につながったのだと思います。
─────なるほど。改善により、ご実家の経営はどのように変化しましたか?
完全黒字化とまではいきませんでしたが、右肩下がりだった経営を反転させることができました。ただ、いろいろな改革をしたので、スタッフのみなさんからは当然嫌われます。嫌われ役に徹した上で、業務フローのムダを削り、あとはこのまま運用すれば大丈夫という状態になりました。そこで私は病院を離れ、いよいよ自分で事業を始めることにしたんです。
とはいえ、長崎の実家のことも気になります。だから、何かあったらすぐに戻れるように福岡で起業することにしました。
─────起業された2015年当時、どのような事業テーマをお持ちでしたか?
実は、最初はテーマが決まっておらず、まずは自分の事業で生きていくための箱として会社をつくったんです。起業したばかりの頃は、これまでの経験が活きるコンサル系の仕事をいくつかいただきました。それで売上をつくりながら、「自分は何をやるべきか」を自問し続けていました。
やれることや得意なことはあったものの、「本当に自分しかできない」とか「自分がやる意味がある」というテーマを考えていましたが、なかなか見つかりませんでした。その当時、継続的に福岡の介護系スタートアップの仕事を受託していたのですが、同じタイミングでたまたまドコモショップ関連の仕事をする機会がありました。
10年ぶりくらいにドコモショップを訪れて、着任された副店長の方とお話したところ、「今回50人規模の店舗を担当することになったのですが、これだけの人数のシフトをつくるのが初めてなので緊張します」ということでした。翌月、「いかがでしたか?」と聞いてみると、「大変でした。まるまる5営業日かかりました」と言うんです。
─────まるまる5営業日?
そうです。しかも、結構忙しい店舗だったのですが、バックヤードでシフト作成しているとスタッフの方からいろいろ相談されて集中できないので、他の店舗の会議室を借り、そこにこもり続けて作り上げたと。「そんな話があっていいのか」と思いました。
シフト作成に5営業日かかることも問題ですし、店舗に副店長がいない状態が続くことも問題です。私はドコモショップのエリアマネージャーをしていたのでわかるのですが、店舗で副店長に相談するのって、顧客対応で本当に困ったときなんです。頼みの綱である副店長がいないのでスタッフの方は困りますよね。現場にはすぐに解決しなければいけない問題が発生しているわけですから、顧客満足度にも影響があるはずです。一方で、副店長は50人のシフト作成に苦労している。
誰も幸せにならない悲劇的な状況でした。これをどうにか改善できないか。そう考えたのが原点です。

─────それが事業テーマを決めるきっかけになったということですか?
はい。実家の病院でも、仕事でお付き合いがあった介護の現場でも、シフト作成には苦労していました。そして、改めて詳細を確認してみると、シフトを決めるための条件がとても複雑だということがわかりました。
「早番」や「遅番」「明け休み」など複数の勤務形態があり、そこにドコモショップであれば「遅番+棚卸」、介護施設であれば「早番+入浴介助」といった特定の業務が紐付きます。これらを割り振っていくわけですが、スタッフ側にはプライベートの都合もあれば、特定の業務ができる・できないといったスキル的な差が出てきます。シフトの多寡で不公平が発生してはいけませんし、スタッフ同士の相性もあります。とにかく変数が多いので、とても難解なパズルをするようなものです。
これはかなり困っている人がいるのではないかと思い、実家の近くの病院でヒアリングをしてみました。100人ほどの看護師さんがいらっしゃる病院だったのですが、シフトを作成している看護師長さんにうかがうと、2ヶ月先のシフトをつくるのに1ヶ月かけているというのです。
─────え、、、。
看護師の資格を取り、臨床経験も積み、キャリアを重ねて看護師長になった。そんな専門人材がたどり着いたのが、延々とシフトをつくり続ける日々だったんです。これは絶対におかしいと思いましたし、このエラーを直すことは社会的にも価値があると考えました。
医療や介護、小売など、業態は違えど複雑な条件が絡み合うシフト作成は、現場を疲弊させる最大の共通課題だと確信し、その課題解決に自分のビジネス人生を注ごうと覚悟が決まったのが2017年の秋ごろです。
100点を目指さないことで実現した、使えるシフトが5秒で作成できる世界
─────自社プロダクト『Shiftmation』について教えてください。
順を追ってお伝えすると、2017年に事業テーマが決まり、プロダクト開発を始める前にニーズの検証を行いました。私は自分ではコードを書けないので、実際にモノづくりをするとなると、慎重に進めたほうがいいと考えたからです。
まずはシフト作成を代行することから始めました。どういうシフトを作りたいのかをヒアリングし、私が何日かかけてExcelで作業し、それを納品するというものでしたが、複数の受注ができました。これで、シフト作成には明確なペインがあり、そのペインはお金を払ってでも解消したいものであることが検証できました。
あとは、私が手を動かすのではなく自動化するにはどうすればいいかの検討です。ここから実際のプロダクトづくりが始まります。最初は、ボタンを押せば自動で作成されたシフト案が表示されるプロトタイプをつくろうと思い、業務委託でお願いしました。
フロントエンドが完成したら、今後はバックエンドのつくり込みです。アルゴリズムからつくってもらえる方を探し、その方に委託したのが2018年の4月。6月にはβ版をリリースし、フィードバックを踏まえて改善を加え、8月には正式版をリリースしました。

─────当時は、どのような組織体制だったのでしょうか?
私とエンジニアのみです。正式版をリリースしてからは、セールスやカスタマーサクセスが必要になってきましたが、ビジネスサイドはすべて自分でやっていました。加えて、本腰を入れてやるからには資金も必要になるため、ベンチャーキャピタルをまわり始めたのもこの頃です。
─────競合するサービスの有無や競合との差別化ポイントについて教えてください。
競合するサービスは本当にたくさんありました。「シフト作成」で検索すると、何十社とヒットするので、投資家の方との会話でも「勝ち筋はあるのか?どのように勝負するのか?」といつも聞かれていました。
差別化のポイントは、最初から自動作成機能を実装したことです。競合はたくさんいましたが、その8割〜9割はクラウド型のシフト管理サービスでした。それぞれのスタッフからクラウド経由で希望を集められるものがほとんどで、個別の希望を踏まえて最終的なシフトに仕上げるのは人の仕事だったんです。
この仕上げの部分に非常に労力がかかるため、私たちのプロダクトは自動作成の部分にフォーカスを当てています。
─────他のサービスとはそもそものスタート地点が違うということですね。人の手で仕上げる部分を自動化するために、どのような工夫をされたのでしょうか?
完璧を目指さないようにしました。というのも、勤務シフト作成は、最適解を厳密に求めようとすると現実的な時間では解けないことが数学的に裏付けられているからです(※)。
(※)シフト作成は「NP困難(NP-hard)」という問題のクラスに属している。制約条件が膨大であることに加え、制約条件が少し増えただけで組み合わせの数が爆発的に増加。スーパーコンピュータを使っても現実的な時間で終わらなくなる性質を持つ。代表的な研究に、人員スケジューリング全般の計算複雑性を体系的に整理した「Brucker, Qu, Burke (2011)」がある。
そのため、自動で100点満点のシフトを出そうとするのではなく、80点くらいのシフトを早く出すことを目指しました。80点を出すことも技術的に大きな課題が存在するのですが、制約を満たす “十分によい解” を現実的な時間で求める最適化技術を重視して開発を進めていきました。
─────100点満点じゃなくても、サービスとして成立するということですか?
そうです。検証のためにシフト作成を代行したときの学びなのですが、事前に条件をヒアリングしてシフトをつくっても、納品した後にお客様が最後の微調整を入れることがほとんどでした。にも関わらず、代行の費用は支払ってくださいます。
これはつまり、たとえ最後の仕上げは自分でやるにしても、80点まで土台ができていれば価値を感じてもらえるということです。100点満点の自動化が技術的に困難だということがわかっていましたから、それであれば80点の解決策を最速で届けることを目指しました。
─────「最速で届ける」の部分についても教えてください。
コンセプト検証の段階ではシフト作成を代行するのに3日かかりましたが、『Shiftmation』のバージョン1では、お客様が自動作成ボタンを押してから10分で1ヶ月分のシフト表を出すことができました。それでも売れたので、よっぽど現場のペインが深かったのだと思います。
とはいえ10分は長い。お客様先での使われ方を考えると、たとえば休憩前にボタンを押して、休憩から戻ってきたらシフト表ができあがっているのが理想だと思います。でも、ちょっと直そうとしたらまた10分かかってしまう。これだとユーザー体験としてあまり良くありません。
そこで、改良を加えていき、バージョン1のリリースから1年くらいしたタイミングでバージョン2を出しました。バージョン2では最短5秒でシフト表が作成できるようになっています。
─────5秒であれば待てますね。
ただ、「早さ」はあくまでも副次的なものです。優先順位としては「早さ」よりも、「現場で使えるものが出てくるか」を重視していました。
お客様の利用シーンを考えると、ボタンを押してパッと出てくるけど、9割は手直しが必要だったとしたら、サービスとしては使い物にならないと思います。そのため、完成するまでの時間はあくまで補助的な要素であり、それよりも「100点満点じゃないけど、少し手直しするだけで使えそうだ」というものを出せることを目指しました。そうすれば、シフト作成の業務が劇的に楽になると感じてもらえるからです。
─────少し手直しすれば現場で使えるシフトをつくるために、何を工夫したのでしょうか?
労働基準法や休憩時間、夜勤には必ずベテランが1名以上必要であるといった資格要件、それに個人の休みの希望や「扶養控除内におさえたい」といった事情など、シフトを決めるために考慮すべき条件は多岐に渡ります。
すべてを考慮すると膨大な時間がかかるため、その事業所によってどの条件を優先したいのか、濃淡をつけられるようにしました。「これらの条件を優先したらこうなる」というシフトを早く出すことで、「この部分だけ手直ししよう」とか「別の条件を優位にしてもう一度シフトをつくってみよう」という現場の調整が可能になります。


現場で使えるシフトを作成するために、すべての可能性を検討することを捨てたんです。この思想をプロダクトに実装するためにとても苦労しましたが、展示会などでお客様の声を聞くと、「これなら使える」という評価をいただけています。
─────なるほど。すべてを満たすことが難しいから、最初から目指さない。その代わり、ある程度良いものを早く出すということですね。
おっしゃる通りです。事前に優先したい条件を設定してもらうと、裏を返せば優先されない条件が出てきます。その状態でシフトを作成すると、条件Aについては3段階評価の「3」で反映できているけれど、条件Bは「2.5」という具合に各条件の星取表が表示されます。
それを見ながら微調整していき、お客様ごとに納得できる落とし所を見つけていただくという仕組みです。
─────ということは、しっかり使っていただくためのサポートが重要だと思います。
そのため、お客様にアカウントをお渡しするだけじゃなく、シフト作成を担当されている方とリモートでつなぎ、同じ画面を見ながらそのお客様にあった条件設定の方法や調整の仕方を一緒につくっていきます。
人工知能の自動作成の場合、特に最初のインプットが正しくないと、その後すべて間違った方向に進んでしまいます。ですから、カスタマーサクセスによるサポートには特に力を入れています。
─────解約率がとても低いと伺いました。プロダクトのリリース以降、どのように事業や組織を育てていったのでしょうか?
ありがたいことに解約率は低く、多くのお客様に継続的に利用いただいています。ただ、2018年のプロダクトリリースから現在までのフェーズをふり返ると、めちゃくちゃ大変でした。

最初は、人が多すぎても仕方ないので、セールスもカスタマーサクセスもすべて私が担当していました。コードは書けないですが、「こういうプロダクトにしたい」「こういう価値をお客様に届けたい」という想いを開発側に伝え、それを私が営業してまわるやり方でした。その後、少しずつ導入数が増えてきたので、セールスやカスタマーサクセスを採用していきました。
一方で、開発側はなかなか人を増やすことが難しく、スピーディーにプロダクトを改善できない我慢の時期がありました。大きな転機になったのが2023年に谷田をCTOとして迎えられたことです。
それまでは2名体制で開発していたのですが、彼がプロダクトチームの組織化を強く推進してくれました。採用による開発リソースの増強はもちろん、プロダクトのアルゴリズムを形式知にし、持続可能な開発体制づくりが一気に進みました。
─────谷田CTOは、どのような経緯で入社されたのでしょうか?
もともとは、中学校からの友人です。中学も高校も大学も一緒で、私は大学で法律を学びましたが、彼は大学・大学院とコンピューターサイエンスを専攻していました。
彼は社会人になってから大手企業で研究開発に取り組み、医療系ベンチャーで取締役も経験していたのですが、久しぶりに会って話していたときに「自分は世の中の役に立っているのだろうか」というテーマになりました。
そこで「世の中の役に立つことがしたい」「ちゃんと使ってもらえて、ユーザーの役に立っていることが大切」「価値があると実感できるものに携わりたい」という彼のポリシーに触れました。勤務シフトの自動作成のためにこれまでにないアルゴリズムをつくることや、世の中の大きなペインを解消するという挑戦。そして、計算領域という彼の知見が活きる環境。これらが揃っていたので、「一緒にやろう」と誘ったのがきっかけです。
谷田と同じように、いわゆるリファラルでシフトメーションに入社した社員は多いです。エンジニアリングのマネージャーは大学の後輩ですし、プロダクトマネージャーは私の新卒時代の同期です。
共通しているのは、みんなが「世の中に価値のあることをしたい」と考えていること。加えて、「想いだけじゃなく、事業としてちゃんと成立させて、大きくしていきたい」ということです。世の中にとって価値のあるモノづくりができている自負はあったので、「これを大きくするために力を貸して欲しい」とお願いして、加わってもらいました。

─────ありがとうございます。2024年には総額9億円の資金調達も実施されています。新規事業を含めたプロダクト開発の強化などを目的とした資金調達だったと思いますが、進捗はいかがですか?
結論からお伝えすると、当時リリースした新規事業の構想は、現在クローズしています。当時、『Shiftmation』でエッセンシャルワーカーの現場支援を行い、付随して導入先の生産性の可視化・最適化ができる経営データ関連のプロダクトや、現場で必要なスキルを再現性高く取得できる育成支援プロダクトを構想していました。
一時撤退した理由は明確です。「他の企業でもできることを、私たちが、いまやるのはなぜか?」という問いに、合理的な解を出せなかったからです。
もうひとつは社内体制です。既存プロダクトの『Shiftmation』に注力しているため、新プロダクトの提案に時間を割くことが物理的にできませんでした。提案して使ってもらわないことにはお客様からのフィードバックが戻ってきません。フィードバックがなければ改善が進まず、非常に中途半端な状態になってしまいます。これらの理由から、新規事業の構想は一旦クローズし、現在は別の取り組みをスタートさせています。
社会的に価値のある事業を、持続可能な形で提供し続けたい
─────現在進めているという「別の取り組み」について教えてください。
ふたつの検証を同時に行っていて、ひとつは対応できる業界の幅を広げていくものです。シフトの自動作成の文脈において、医療や介護、ドコモショップなどの接客業についてはある程度の知見があります。ただそれ以外でも、たとえば飲食業や、ホテルや旅館といった宿泊業など、シフト勤務が導入されている業界は他にもたくさんあります。
一口に「シフト」と言っても、業界が変われば作り方がまったく違っていて、小手先の改善ではちゃんと現場で価値を発揮するプロダクトにならないと考えています。そのため、プロダクトを切り分け、これまでとは異なる業界向けの勤務シフト自動作成プロダクトをつくろうとしています。
いまプロトタイプができたところで、実際に現場で使えるか実証を行うフェーズです。既存プロダクトの導入先の中には複数業態を展開しているお客様がいます。「この業態には『Shiftmation』がバチッとはまるけれど、こっちの業態だとちょっとうまく使えない」といった声もいただいているので、ヒアリングと実証に協力していただき、対応できる業界を広げていきたいと考えています。
もう一つは、対応できている業界をさらに深ぼりしていくものです。たとえば介護の業界に対しては既存のプロダクトが非常にフィットしている実感があるのですが、これをよりバーティカルSaaS(※)のような形式に進化させ、シフト作成のすぐ隣にあるような業務の課題を解決できるようにしたいと考えています。
(※)バーティカルSaaS:特定の業界・業種に特化し、商習慣や法規制、専門用語などその分野特有の業務プロセスに最適化されたクラウドサービスのこと。
─────とても興味深いです。シフト作成のすぐ隣にあるのは、たとえばどのような業務なのでしょうか?
介護の業界でいえば、シフト作成が終わったあとには、ちゃんと規定通りの人員配置ができているのかを国に提出する必要があります。これは国から介護報酬を受け取る場合に必須なのですが、利用者に対する職員の配置割合や看護職員の配置有無などが正しく記録されていなければいけません。介護報酬の基準を満たした人員配置になっていない場合は、事業者は報酬を受け取れなくなります。
『Shiftmation』は勤務シフトを自動作成する際、優先的に重視したい条件を設定者側で調整できます。その際、「その条件設定だと介護報酬の基準を満たさなくなります」というアラートを出すようにし、加えて「この時間帯にこういう人員を配置できたら、プラスアルファでこの報酬が受け取れるようになります」というサジェストが出る。そういうオプション機能を開発しました。
まだ検証段階で、これから実証のフェーズに入るのですが、シフト作成そのものが抱える課題を解決した先に、お客様の収益性を改善できるサービスを提供しようと考えています。
─────介護報酬を受け取るために事業者側が出す申請に抜け漏れがあるということですか?
その可能性が高いという仮説です。というのも、介護報酬制度は非常に細かく複雑で、解釈が難しい文言も多いです。介護報酬のガイドブックがあるのですが、1冊1,000ページのものが3冊でワンセットになっていて、とても大きなボリュームです。
すべてに目を通して適切な申請をしようとすると、代わりに膨大な事務コストがかかります。そのため、キチンと申請すれば100の報酬が受け取れるけれど、事務コストがかかるため80の申請で済ませている事業者がたくさんあります。
事業者側からすると、ここは大きなジレンマです。収益を出して待遇改善につなげたい。でも、収益を上げるための人的リソースが足りない。このような構造的な課題をテクノロジーで解決したいと思っています。

─────クローズした経営データ関連のプロダクトとの違いはどのような部分でしょうか?
ちょっと抽象的なのですが、クローズしたプロダクトは、既存の『Shiftmation』から見て飛び地にあるものだったと思います。プロダクトの幅を広げるにしても、一気に3マスくらい向こうに行ってしまうというか。既存の顧客課題の延長線上にないというか。
それよりも、幅なら『Shiftmation』のすぐ隣、深さなら一段下というイメージで広げていくほうが、自分たちのアセットも活かせますし、実行難易度も下がるはずです。すでに『Shiftmation』を使ってくださっているお客様からすると、既存のサービスと近しいオプションのほうが使いやすいと思いますし、たくさん使ってもらえるからこそ改善のフィードバックループが回るので、私たちがやりたい「世の中の役に立つ事業」が実現すると思っています。
プロダクトアウトとマーケットインという考え方がありますが、クローズした経営データ関連のプロダクトや育成支援のプロダクトは、どちらかといえばプロダクトアウトでした。業界を良くするために必要なものだと思っていますが、ふり返ってみると私の「やりたい」という気持ちが強すぎたと反省しています。
そうではなく、マーケットインの視点でお客様の温度感をきちんと踏まえる。そのプロダクトはお客様にとって喉から手が出るほど欲しいものなのか、「あったら良いよね」なのか。前者を提供したいので、マーケットインのプロダクトでさらなる価値提供をしていきたいと考えています。
─────ありがとうございます。さらなる価値提供を進めていくための組織課題や、その解決策についても教えてください。
課題は採用です。具体的には、セールスとカスタマーサクセスの人員が増えるので、組織を束ねる責任者クラスを強化したいと思っています。
セールスに関しては、これまで2名体制でした。2026年4月の人事異動で、そのうちのひとりをカスタマーサクセスの責任者になってもらいました。既存のプロダクトを提案しながら、これまでは違う業界への営業や、さらに深掘りしたオプションサービスを提案するというのは難易度が高いため、セールスの採用を強化したいと考えています。
─────求めるスキルセットや人物要件についてはいかがでしょうか?
スキルセットとしては、経験業界は問わず、エンタープライズ向けの営業経験を求めたいです。ビジネスモデルとしてはシフト作成する人数が多ければ売上も大きいので、ある意味で効率の良い営業活動ができるプロダクトだと思っています。
具体的な数字は伏せますが、2名の営業部隊としては直近のARR(※)はけっこう大きな額でした。
(※)ARR:Annual Recurring Revenueの略で「年間経常収益」を指す。毎年決まって得られる売上・収益のこと。
会社全体でみたときの1人あたりARRも、リード投資家からは「他に類を見ない水準」だと評価をいただきました。セールスとして新規で受注でき、顧客内で全社導入になれば何千人の方にご利用いただけるので、ひとりのセールスが出せるインパクトがとても大きいと思います。
人物的なタイプとしては、「価値のあるサービスを提供し、世の中の役に立ちたい」というマインドをお持ちであることでしょうか。私たち自身がこのマインドで事業をしているので、同じ想いで仕事に取り組める方が良いと思っています。
─────カスタマーサクセスについてはいかがですか?
新たに責任者を置いたものの、セールスと同様に強化したいセクションです。お客様にプロダクトを使っていただき、価値を実感していただくことが大切ですし、お客様の声を社内にフィードバックしてプロダクトを改善するためにも、カスタマーサクセスは重要な役割です。
これまではひとりで幅広い業務を担当してもらっていましたが、少しずつ分解しているところです。具体的には、お客様の「こんなシフトをつくりたい」を一緒に実現していくチームと、普段のやり取りを通じてオプション機能を提案したり、新しい事業の種を拾ってくるチームです。
セールス1名に対してカスタマーサクセスが3〜4名というのが現時点で理想のバランスだと考えていますので、その状態に持っていけるように採用をがんばりたいですね。
─────採用を強化するための取り組みについても教えてください。
まずは私たちのことをできるだけたくさんの人に知ってもらうために、いろいろな情報発信をスタートしようと思っていて、いま会社紹介の記事をつくり直しているところです。
並行して進めているのが、採用要件の言語化です。「どういう方と一緒に仕事がしたいのか」をより明確にすることで、「そういう方々に選んでいただくには私たちは何をすればいいか」「そういう方々に何を提供できるのか」がクリアになるはずです。このあたりは、しっかりと言語化しようとしています。
あとは、リファラル採用の制度づくりも進めているところです。少しずつではありますが、採用が強化できるように準備を進めています。
─────ありがとうございます。最後に今後の展望についてお聞きします。この先、会社として世の中にどういう価値を提供していきたいと考えていらっしゃいますか?
少し大きな話になりますが、エッセンシャルワーカーの働き方を改善し、活躍しやすい環境をつくりたいと考えています。そのためには、経営と現場の両方に改善のアプローチをしていきたいです。
いまはシフト作成に困っている現場の方々に向けたプロダクトを展開していますが、ゆくゆくは経営に対してもより良い経営につながるサービスを提供したいと思っています。現場で非効率な業務が減った分、そのリソースやコストをどこに使えばいいか、経営にもサポートが必要だと思うからです。
「いつかそういう日が来れば」と願うだけでなく、自らその日を手繰り寄せる当事者でありたいと思っています。
─────「その日」が来たら、何が変わっているのか。思い描くイメージはありますか?
労働人口の減少と少子高齢化で、このままだと介護や福祉に関わる労働力が足りなくなる(※)と言われています。
(※)厚生労働省の「第9期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について(令和6年7月12日)」別紙1では、2022年に約215万人だった介護職員の必要数が、2026年度には約240万人、2040年度には約272万人になると言われている。
しかし、シフト作成に代表される非効率な業務を見直すことで、業務効率が上がります。そうすれば、いまよりも少ない人数で現場の仕事がまわっていくはずです。
あるいは、業務効率が上がり、いまよりも良い労働環境が提供できるようになります。加えて、介護報酬の申請漏れが減り、いまよりも事業の収益性が高くなります。それを現場に還元できれば、待遇面も改善されるはずです。そうなれば、介護の仕事を希望する人数が増えるかもしれません。
私たちのプロダクトや支援によって、こういう変化が起こせていること。これが理想のイメージです。
─────最後の質問です。ひとりのビジネスパーソンとしてはいかがでしょうか?「こうありたい」という自己像があれば教えてください。
綺麗事かもしれませんが、世の中の役に立つ人間でありたいと思っています。誰かのためになる事業をつくり、その事業を続けていくことで一緒に働く仲間に対しても報いていく。これが残りの人生で実現したい、自分のありたい姿です。
大切なのは、対価をいただけるだけの価値を提供し続けることです。「これがないと困る」という社会的な価値を提供できれば、持続可能な状態で事業がまわっていきます。事業で世の中の役に立つというのは、そういうことだと思っています。
『Shiftmation』のプロトタイプとして自分でシフト作成を代行したときも、検証したのは対価をいただけるかどうかでした。お金を払ってでも解決したいことだったからこそ、いまでも事業として継続できています。つまり、この事業を継続することに価値があると言えるはずです。
世の中にとって価値がある事業をつくり、持続可能性が高い状態に育てる。そこで得られた収益を、新しいプロダクトやより良い組織づくりのために使い、さらに大きな価値を世の中に提供する。
2015年に起業し、2018年にプロダクトをリリースして、いまやっと世の中への価値提供と事業の持続可能性が両立しつつあるところまで来ました。このサイクルを、より大きなものにしていくために、今後もチャレンジしていきたいと思っています。


山内基
株式会社ディプコア ThinkD編集長
取材を通じて最も印象的だったのは、テクノロジーと人間の役割分担に対する、極めて現実的で血の通ったバランス感覚です。 シフト作成のすべてを技術で完結させるのではなく、あえて「及第点」を目指すことで劇的な効率化を実現する。自動化という手段に固執せず、「現場で価値を発揮すること」を最優先する姿勢に、同社の独自性を見た気がします。 少子高齢化が進む日本において、エッセンシャルワーカーの人手不足は避けて通れない巨大な壁です。この課題に対し、抜本的な解決という理想を追い求めるのではなく、実装可能な「現実的な打ち手」を積み重ねるシフトメーションの歩み。そこには、テクノロジーが進化し続ける現代におけるわかりやすい課題解決のロールモデルと、看護師や介護士、それに接客やサービスの専門人材が本来の役割である『ケア』や『おもてなし』にいま以上に専念できるようにする社会的な意義があるのではないでしょうか。





