
『ドラゴン桜』『宇宙兄弟』などの大ヒット作品を編集者として担当した佐渡島庸平。インターネット時代のクリエイター支援のモデル構築を目指している。
2024.10.28 公開

2024.10.28 公開
株式会社コルク 代表取締役社長 佐渡島 庸平
設立:2012年
事業内容:編集・制作支援、コミュニティ運営、マーケティング、スクール、ファンクラブ・イベント運営、グッズ制作・販売など

株式会社ベイジ 代表/CEO
佐渡島さんとは何度か食事に行かせていただいた関係ですが、物事や会話を色々な角度から眺めた上で「これだ」という仮説を迷いなく出せる方だなと、よく思います。そんな佐渡島さんが今、何を考えてビジネスをされているかを知りたくて、推薦させていただきました。
小学生まで日本ですごしたのですが、父親が商社に勤めていたので、仕事の関係で海外に転勤することになり、中学からは南アフリカ共和国のヨハネスブルクにある日本人学校に通っていました。
中学3年の夏に日本に戻ってきて、その 後高校受験をして灘高に行き、そこから東大の文学部に進みました。当時は文学の研究者になろうと思っていたので、本ばかり読んでいて、一日一冊ペースでした。
文学者になるために大学院に行こうとしていたのですが、親から「大学院を目指すことは構わないが、社会を知るためにとりあえず就職活動を経験してみなさい」と言われたんです。学費を出してもらっている立場でしたから、就職活動を始めました。
出版社を受けたら、たまたま講談社に受かりまして。大学院に行きたいという気持ちもありましたが、せっかく内定をいただいたこともあったので就職することにしたんです。

講談社ではモーニング編集部に配属になり、初めて担当したのが井上雄彦さんの『バガボンド』です。まだ経験がないうちからメジャーな作品を担当できるのは、大手企業の良いところだと思っています。テレビのキー局に就職した知り合いも、早くから大御所芸人さんの番組を担当したりしていました。最初から知名度のある仕事に関われることは、魅力の一つだと思いますね。
マンガでは『ドラゴン桜』や『宇宙兄弟』などの編集を担当しました。作品もヒットしましたし、仕事は楽しかったですね。講談社は自由な社風だったので、やりたいことをやらせてもらっていましたね。
結局、講談社には2002年から2012年までの10年間勤めていて、その後、独立してコルクを設立するという流れになります。
出版業界や講談社という会社には、何も不満はありませんでした。独立のきっかけになったのは、『宇宙兄弟』の仕事です。映画やアニメ、イベントなどを同時にやったことがあったのですが、プロモーションも含めて全部うまくいって、個人的に「これはハマった!」と手応えがありました。でも、『ドラゴン桜』のときほど人気が爆発しなかったんです。
そのとき僕は「時代が変わっているんだな」と感じました。メディアが持っているパワーが、これまでとは大きく変わってきていると思ったんです。インターネットの力が圧倒的に強くなってきていて、SNSの影響力が大きくなっていて。クリエイターが活躍する場所も、これまでの雑誌というメディアからインターネットの世界へと動いていくだろうな、と。「新しい時代を知りたい」と思い独立することにしたんです。
コルクがやっているのは、クリエイターのエージェント業になります。欧米の先進国では一般的ですが日本ではまだまだ珍しいモデルです。というのも、日本ではすでに出版流通がしっかりしていて、出版社を経由しないと本が出ないので、出版社の担当編集を見つけるというのが、作家にも出版社にも楽な方法でした。しかしいまはインターネットの力が大きい時代です。だから、時代に合わせてネットを活用し、クリエイターの人たちが活躍できるような環境を、コルクがつくります。

具体的には、作品を世に出すた めのサポートやファンとの接点づくり、関連グッズの販売やイベントの運営など、さまざまな事業をしています。クリエイターの人たちが世に出ることができて、創作で食べていくことができ、自分がつくりたいものに打ち込めるようにする。そのためにエージェントとしてさまざまな支援をするのが、コルクというわけです。
掲げているミッションは「物語の力で、一人一人の世界を変える」です。僕の中には、シンプルに「物語を読みたい」「自分の世界を変えてくれるような物語に出会いたい」という気持ちがあります。物語には誰かの世界を変える力がありますし、誰かの世界を変える物語を世の中にたくさん提供したいという想いがありますね。
僕の世界観を変えてくれるものですね。佐渡島という人間のバイアスがかかった状態で世界を見ていると、どうしても同じような景色が続いていくじゃないですか。でも、仮に同じものを見ていたとしても、人によっては見え方や見ている対象から感じ取るものは違います。
他の人が見えているもの、感じ取っている世界を、その人の物語を通じて自分の中にインストールする。インストールした「その 人の目線」で世界を見てみると、これまでとは違った世界を見ることができる。これまで自分の中にあった世界が、少し変わるわけです。そういう体験をさせてくれる物語を僕は読みたいんです。
これまで担当した作品でいえば、マンガだと『ドラゴン桜』は僕の世界を変えてくれた一作です。小説なら平野啓一郎さんの『空白を満たしなさい』。この小説に出てくる分人主義という考え方は、僕を大きく変えてくれました。
個人的には、人生にはそこまで意味はないと考えているタイプなんです。生まれてきて、世界を見て、死んでいく。それが人生だと思っています。仮にそうだとしたら、じっくりと世界のことを見てみたいし、いろんな世界を見てみたいという願望があります。

この願望を叶えてくれるのが、本というツールです。他の人の知覚や説明を通じて自分には見えていない世界を知る。これがとても面白いし、僕にとっての人生みたいなことですね。「本を読みたい」と「世界を知りたい」はセットになっています。自分の力だけで世界を知るには限界があるので、本を読むことで他の人の目から見た世界を知る。そうすることで、世界を深く、広く知りた いんです。
作品の世界観を、より身近に感じられるようになります。これまでは作品と実際の暮らしの間に明確な境界線があったとしたら、その境目が曖昧になってくるというか。実際の暮らしの中に作品が入ってきて、まるで自分が物語の登場人物のように感じられるというか。
原作を読んでいない方には伝わらなかったら申し訳ないのですが、『宇宙兄弟』を例にすると、作品に登場するペットボトルロケット大会をリアルイベントで開催しています。近所でペットボトルロケット大会があってそれに参加すると、『宇宙兄弟』の世界観の中に実体験として自分も入っていけるというわけです。
また、これも作品に登場するのですが、ブライアン人形とエディ人形をつくって販売しています。購入いただいた方には、先にブライアン人形が届き、1ヶ月後にエディ人形が届くという演出をしています。物語と同じシチュエーションを実世界でも再現して、『宇宙兄弟』の世界観を追体験してもらう仕掛けです。

『宇宙兄弟』はもう10年以上連載している作品です。高校生や大学生のときに作品に触れた人が、宇宙に興味を持ち、「宇宙に関わる仕事がしたい」とJAXAに就職しているそうです。このように、コルクが関わることで物語の力を強くし、結果的に誰かの現実世界を変える。ここまでを僕たちのビジネスにしたいと考えています。
ちょっと話が逸れるかもしれないのですが、手塚治虫さんの『鉄腕アトム』があったから日本にはロボット科学者が多いという説があるそうです。ただ、手塚治虫さんも、出版社も、『鉄腕アトム』を通じて日本にロボット科学者を増やすことにコミットしていたわけではありません。
でも僕たちは、『宇宙兄弟』という物語をいろんな形で世の中に届けることによって、現実世界にも変化を生み出すことにコミットしています。作品がきっかけになって、理系の分野に興味を持つ人が増えるとか、ALSが治るようになるとか、そういった変化につなげていくことを目指しています。
クリエイターに対しては、物語を生み出し続け、世の中やファンとの接点づくりをし、物語が持っている力を経済的なリターンを含めて顕在化するための支援をします。これによって得られる変化の機会は、たとえば「クリエイターとしてちゃんと生活できる」「自分がやりたい創作活動に集中できるようになる」ということです。
これまでは、作品を世に出すには出版という方法がほとんどでした。出版社に作品を持ち込んだり、作品賞に応募するという行為を通じてです。しかしいまはインターネットの時代です。SNSがあるので発信の場所は大きく広がりました。ファンとも直接つながることができます。ちゃんとやれば、仮にまだ名前が売れていなくても電子書籍などで作品をマネタイズする方法があります。
僕たちがいることで、継続的に、クリエイターとして生きていける。そんな世界に少しずつ変わっているところですね。