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走ることに絶望し、走ることに救われた大森。総合ランニングアプリ『Runtrip』で描くのは、楽しさと健康、地域への貢献と環境の保全がすべてつながる未来。

走ることに絶望し、走ることに救われた大森。総合ランニングアプリ『Runtrip』で描くのは、楽しさと健康、地域への貢献と環境の保全がすべてつながる未来。

ランニングアプリウェルビーイングコミュニティ健康増進

2025.11.26 公開

本日のゲスト

株式会社ラントリップ 代表取締役CEO 大森 英一郎

設立:2014

事業内容:無料の総合ランニングアプリ『Runtrip』の開発・提供、メディア、イベント、EC事業など

推薦理由 - Reason for recommendation
岡田英之

岡田英之

株式会社リブルー 代表取締役

大森さんとの出会いは2018年の夏です。友人だったラントリップ取締役・冨田さんが「2人は似ているのでは?」という理由で引き合わせてくれたんです。初めて会った時から、お互いが大切にしている世界観が非常に近い、同志のような存在だと感じています。挑戦しているジャンルは違えど、関わる人たちが幸せになるサービスとコミュニティをつくることに情熱を注ぎ続けているその姿勢には、強く共感すると共に尊敬の念を抱いています。当時描いていた未来を次々と実現していく大森さんとラントリップの姿は、私を含め、多くの起業家やサービス運営者のロールモデルになっていくんだろうなと。5年後、10年後のラントリップがどんなコミュニティをつくっているのか楽しみです。

これまでのキャリアとラントリップ立ち上げの経緯

─────まず簡単にご自身について教えてください。


神奈川県出身で、小学校からバスケットをやっていました。一定以上の結果を出せていたので、スポーツ推薦で法政第二高校に進んだんです。ただ高校一年生のときに手首をケガしてしまい、バスケを諦めることになりました。当時の自分のなかには「何もしない」という選択肢はなくて、手を使わないでできる他のスポーツはないかと考え、陸上の長距離を選びました。


高校の時は、神奈川県の中ではそこそこのポジションまで行けたのですが、インターハイに出るまでのレベルではなくて、全国的にはまったく無名の選手のまま高校を卒業しました。付属校だったのでそのまま法政大学に進み、一般入部で陸上部に入りました。驚いたのは、スポーツ推薦で入ってくる選手とのレベルの差です。絶望感を覚えるくらい大きな差がありました。


普段のトレーニングから僕の5,000メートルの自己ベストくらいのペースで走っていて、それが彼らにとっての普通でした。陸上部に所属している以上、「箱根駅伝に出たい」と言葉にしてみるものの、ほかの選手の走りを見ていると「これに勝つのは無理だ、、、」というのが正直なところで。最初の1年は、“ただの部員としてそこにいるだけ”という感じでした。


─────絶望感を覚えて、それでもトレーニングを続けられたのは何かきっかけがあったのでしょうか?


明確なきっかけになったのは、2005年の1月2日です。大学1年生の冬に、初めて箱根駅伝を生で体験する機会があったんです。もちろん選手としてではなく、僕の役割は関東学連のボランティアでした。黄色いスタッフジャンパーを着て、沿道で観客の方がコースに出ないように誘導していたんです。


自分の大学のユニフォームでもなく、陸上部のジャージでもなく、ボランティアのスタッフジャンパーを着て、1区の誘導をしていました。そして、レースが始まると、僕の後ろを1区の選手たちが駆け抜けて行ったんです。これが本当に衝撃的な体験でした。


スタート前はすごく静かなんですよ。でも、レースが始まって、向こうからヘリコプターの音と一緒に、なんだかとんでもないエネルギーの塊みたいなものが迫ってくる感じでした。観客のうわーっという大声援もどんどん近づいてきて、そういう大きなウェーブに飲み込まれたような感覚で。


僕のすぐ後ろを、いつも一緒に練習している先輩が駆け抜けていって、そこに沿道から大きな声援が飛んでいて、すごく熱があって。その熱気に触れた瞬間に「どうにかして走る側に行きたい」という気持ちが芽生えたんです。


法政大学の陸上部にいて、箱根駅伝に出るチャンスはゼロではない。であるならば、努力してあちら側に行きたい。行かなきゃいけない。そう思って、そこからの3年間、約1,000日をどのように過ごすかをちゃんと考え始めたんです。


─────それは、憧れとかそういった感情なのでしょうか?


憧れもありますし、悔しさの気持ちもあったと思います。すごく複雑な感情でした。とはいえ、気持ちだけでどうにかなる世界ではないので、3年分の目標を立てたんです。普通なら1年の目標を立てることが多いと思うのですが、他の人と同じことをやっていたら追いつけないと思ったので、3年分の目標を立てて3倍努力しようと。


具体的なゴールは、4年生の冬に12番目の選手になることです。箱根駅伝は1区から10区まであるのですが、チームのトップ10に入るのは非常に難易度が高い。ただ、ケガや体調不良もあるので、12番目の選手になることができれば、もしかしたらギリギリでチャンスがまわってくるのではないか?と考え、個人的な目標にしました。


4年生の冬に12番目の選出になるために、3年生で補欠を含めたメンバー16名に入る。そのために2年生でAチームに入る。このように少しずつステップを置き、あとはとにかく継続的に努力することで目標達成を目指したんです。


2年生でAチームに入るには、Aチームの合宿に連れていってもらわないといけません。そのためには定期的な記録会とかチーム内のタイムトライアルで、「これくらいの成果を出さないといけない」という目安があります。この目安をクリアするために、今月はこういうトレーニングをしよう、という感じでどんどんブレークダウンしていきました。


─────コツコツ3年間継続するのは大変でしたよね?


そうですね。高校時代のコーチが僕にとってのメンターのような存在でした。どうしても結果が出なくて焦っていた時期があったんです。同じくらいのレベルだけど、僕より先にAチームに呼ばれたチームメイトがいたりして、そういう悔しさに耐えられなくなって、高校時代のコーチに電話したことがあったんです。


電話しながら思わず涙が出てしまって、自分の中でけっこう行き詰まっていたと思うんです。そしたら、「焦ったらだめだ」ということを何度も言ってくださって。「まずはベースを固めろ、そのためにできることをキチンとやれ」とアドバイスをいただいて。そのおかげで、4年生の冬に箱根駅伝に出場するという長期的な目標が自分の中で整理された感覚がありました。


アドバイスのおかげもあり、2年生でAチームに入ることができ、3年生では補欠になることができました。そして、4年生の冬に、9区にエントリーされました。実力的にはチーム内で12〜13番目くらいの実力だったと思いますが、上位選手の不調やケガなどの影響で10人のメンバーに入れました。


─────約1,000日間追いかけた箱根の舞台はいかがでしたか?


まったく力を出し切れずに終わってしまいました。僕の中での大きな反省は、箱根に出場することを目標にしていて、ちゃんと活躍することを目標にしていなかったことです。スタートラインに立った時点で自分の中ではゴールしてしまっていて、当日のプランを何も考えていませんでした。そのため、水の中を走っているというか、夢の中で走っているというか、実感のないまま終わってしまいました。


結果的に、制限時間に間に合わず、10区の選手にタスキをつなぐことができませんでした。長い歴史がある法政大学の陸上部において、スポーツ推薦でもない自分が重要な9区を任せてもらったのに、その重圧に負けてしまったというか。悔しいし、情けないし、申し訳ないし、うまく言葉にできない感覚でした。


学生時代のほとんどすべてを駅伝のために差し出したつもりでした。友達と遊んだり、旅行に行ったり、楽しいことを全部差し出して、差し出し続けた結果、手にしたものがこれなのか......という感じで。走ることに対してすごくネガティブになったというか、恨みにも似た感情を持つようになってしまって、箱根駅伝なんか二度と見たくないし話題にもしたくないという状態でした。


─────確かに、青春時代をすべて捧げたということですもんね......。


僕の場合はスポーツ推薦ではなかったので、そういう選手と比較して、いかに多くを差し出せるか、みたいな考え方になっていました。ポジティブに楽しむことができたら良い記録が出たかもしれないのですが、当時は苦労すれば苦労したぶんだけ良い結果が手にできるというメンタルになっていて。本番前の最後の1ヶ月は差し出すものがなくなってしまい、笑顔を差し出すみたいな感じになっていました。


今日ちょっとでもうれしいことがあって笑顔になったら、神様がそれを見ていて、箱根の出走枠を取り上げてしまうんじゃないか、みたいな。そういうメンタリティになっていたんです。だから誰とも会話したくないし、ただただ淡々とやるべきことだけをやる。そんな灰色の毎日で、すごく苦しかったし、孤独感がありました。最後は笑顔まで差し出したのに、これか、、、という感じでしたね。


─────9区を走り終えたあと、クールダウンのジョグもせずに呆然としていたと聞きました。大きなショックだったと思いますが、そこで競技としての陸上は卒業されたのでしょうか?


そうですね。スッパリと競技を引退し、普通に就職活動をして、新卒でリクルートに入社しました。リクルートでは求人広告の営業をしていたのですが、当時は遅くまで働いて、終わったら飲みに行くという生活でした。学生のときに遊べなかったぶん、反動があったのかもしれません。先輩はタバコを吸っていて、「喫煙室の会話は大事なんだよ」みたいな教えもあり、影響されて僕も吸い始めるみたいなこともありました。そのあと、辞めましたけど(笑)。


そんな生活を続けていて、楽しかったものの、なんだかスッキリしないというか、モヤがかかったような感覚がありました。リクルートは1年半で退職し、中小企業に転職しました。仕事はちゃんとやっていて、社内の人間関係も悪くなかったのですが、「あれ?これでいいんだっけ?」という引っ掛かりがずっとあったんです。


箱根駅伝に出ることを目指していたときのような、自分とちゃんと向き合って、自分に嘘をつくことなく、努力したと言い切れる毎日を、送れていないな、と。「こうなりたい」とか「これがやりたい」といった具体的な目標が持てず、モヤモヤした状態で、数年間を過ごしていました。


転職後は定時に上がれるようになったので、早い時間から深夜まで飲むような生活になっていました。そこで、健康のためにもう一度運動をしてみようと考えました。そのときはランニングが流行っていたので、「試しにインストラクター的なことをやってみよう」と、小遣い稼ぎくらいの気持ちで、副業でランニングのインストラクターを始めたんです。すると、自分がまったく知らなかったランニングの世界があって、衝撃を受けました。


─────学生時代の陸上とは、別の世界があったということですか?


そうなんです。それまでは、数字がすべての世界だと思っていました。ほかの選手より速いタイムで長い距離を走れること。ひとつでも上の順位を出すこと。それがすべて。


それなのに市民ランナーの方たちは、「昨日よりも良いタイムだったらうれしい」とか、「タイムよりも完走を目標にする」とか、そういう動機でした。しかも、自分でお金を払って地域のマラソン大会に出たりするので、陸上競技に打ち込んでいた僕からすると、考えられない世界でした。


なかにはマラソン大会に出ることを目標にせず、それでも毎日走っている人もいて、本当に驚きでした。ただ、当時のように速く走れない僕が、それでも走ることの意味って何だろう?とランニングと向き合ったときに、重い十字架だった走るということそのものがすごくポジティブに思えたというか、毎日を豊かにしてくれると感じたんです。


身体を動かして、汗をかき、肉体的に清々しい気持ちになれる。加えて、結果の数字に対する満足感以上に、「走る」というプロセスそのものを通じて多幸感が得られ、精神的な満足度を手にすることもできる。気持ち良いとか、できてうれしいとか、そういうものを積み上げてくれる魅力がランニングにはあるんだと、初めて思いました。


選手として走っていたときも、そういった魅力は感じていたのだと思います。ただ、脳科学的に言えば、セロトニンやオキシトシンといった、いわゆる「幸せホルモン」と呼ばれるものよりも、ドーパミンやアドレナリンのような物質のほうが優位だったと思います。幸せホルモンも出ていたと思います。ただ、それ以上に疲労感とかプレッシャーがあったので、気づきにくかった。しかし、タイムとか順位とかを横に置いたときに、純粋にランニングの魅力を感じることができたんです。


すると、それまでモヤモヤしていたのが一気に晴れ渡っていく感覚があって、なんだか前向きな気持ちになれました。この感覚は、たとえばウェルビーイングという言葉で表現するのかもしれないのですが、走ることを嫌いになってしまった僕だからこそ、その素晴らしさに気づけたと思ったんです。同時に、できたらたくさんの人にこの感覚を伝えたいと考えるようになり、そのためにはビジネスにしたほうがいいと思って、起業を志すようになりました。




リワードとコミュニティで、ランニングの魅力を多くの人へ

─────株式会社ラントリップが展開しているサービスについて、背景や現状を教えてください。


最初にリリースしたのはランニングコースの検索投稿サービスです。会社を設立した2015年は、アディダスやアシックス、アンダーアーマーが世界的なランニング計測アプリを数百億円で買収していたタイミングでした。世の中に広く出回っているランニング計測アプリをつくってもかなりの後発になってしまうので、ニッチなところを狙ってサービスをリリースしたという背景があります。


世の中ではシェアリングエコノミーが流行り始めていたため、自分が好きなランニングコースを投稿したり、他の人にもおすすめできるというサービスにはある程度のニーズがあると考えました。


とはいえ、爆発的に伸びるものではないと思っていたので、まずはニッチな部分でしっかりとユーザーさんを積み上げていき、ほかの事業もスタートさせるという戦略です。メディアを立ち上げ、イベント事業をはじめ、EC機能を実装させるなど、少しずつ幅を広げていきました。


─────初期開発が最も大変だと思うのですが、どのように開発を進めていったのでしょうか?


サービス開発は会社設立前から準備を進めていました。知人からヤフーのエンジニアを紹介してもらったのですが、彼はスポーツが好きで、スポーツとテクノロジーを掛け合わせてサービスをつくりたいという想いを持っていました。僕はランニングを軸にしたサービスをつくりたいと考えていましたが、技術力がなかった。お互いが補い合える状態だったので、ふたりで創業準備を進めていきました。


前職に在職中に、1年弱くらいかけて準備をしました。平日の夜や週末にミーティングをして、一緒に仕様を考え、それを彼が形にしていくという流れです。それで、会社を設立した2015年の5月にはリリースできる状態まで持っていきました。


─────初期サービスリリース後も、ランニングの距離に応じてマイルが貯まる機能が追加されたり、ECで取り扱うブランドが増えたり、順調に幅を広げていると感じています。組織づくりにおいてはどんなこだわりがありますか?


組織づくりについては、冨田という取締役が非常に活躍してくれています。彼はスマートニュースの初期メンバーで、最終的には人事の責任者をやっていたのですが、組織カルチャーのつくり方とか、スタートアップがよく失敗するポイントがどこにあるかとか、熟知しているんです。そんな彼がラントリップの創業期から参画してくれて、組織づくりの最初の段階から関わってくれました。


ラントリップの組織の特徴は、STAFFとPRO PLAYERにわかれているところです。正社員をSTAFF、複業や業務委託の人材をPRO PLAYERと呼んでいて、サッカーのクラブチームを参考にしています。


サッカーでピッチに立つ選手って、正社員じゃないですよね。スキルが高いプレイヤーとは有期契約を結び、高い目的意識と権限を与えて思い切りプレーしてもらう。そして、PRO PLAYERが気持ちよくプレーできる環境をSTAFFのみんながつくっていく。サッカーのクラブチームのこのシステムを、ビジネスにも展開できるんじゃないかと考えたんです。


これが非常に機能しました。僕たちもスポーツの領域だから相性が良いのかもしれません。高いスキルや専門性を、自分の好きなランニングに活かしてみたいというモチベーションを持った人たちをPRO PLAYERとして巻き込みやすかったんです。実際に「専門性が活かせる仕事に週末の時間を使いたい」という理由で参画いただけるケースが多かったです。


1〜2年くらい一緒に仕事をしていくなかで、PRO PLAYERからSTAFFになる方もすごく増えてきています。逆のパターンで、ライフステージの変化などでSTAFFからPRO PLAYERになるケースもあります。そのときの状況に合わせて出入りができるようになっているので、ちゃんと組織力が積み上がっていき、着実に事業を成長させられているのだと考えています。その時々で変動しますが、STAFFは15名ほど、PRO PLAYERは60名ほどになります。


─────STAFFとPRO PLAYERの割合は現在が適正なのでしょうか?


いまは適正なバランスだと考えていますが、今後はスタッフの増強を検討しています。


経営的な目線に立つと、このシステムのメリットは緊急事態にも対応しやすいことです。PRO PLAYERの方にお休みしてもらうことを僕たちは『ベンチ入り』と言っているのですが、たとえばコロナのときなどは「この期間は一旦ベンチ入りしてください」とお願いしていました。


状況が変われば、ベンチから出て再びピッチに戻ってもらうこともあります。このように「固定費が増えすぎない仕組みにする」という意思決定をしていたのが良かったと考えています。


事業も育ってきて、これからはトップギアに入れるぞ!離陸するぞ!というフェーズだと思っています。そうなると、社内ではいろんなタスクが出てきます。なかにはお見合いしちゃってタスクを落球することがあるかもしれません。そうならないように、オーナーシップを持ったSTAFFを増やし、社内でルーズボールをちゃんと拾える体制にしたいと考えています。


─────今後さらに事業を伸ばしていくには、会社の方向性をぶらさないことが重要になると思います。ベクトルを揃えるためにどのような工夫をされていますか?


そうですね。ラントリップでは『もっと自由に、楽しく走れる世界へ。』をミッションステートメントに掲げています。STAFFのみんなからは、目指している世界観に共感してもらっているという認識です。


僕たちが考えているのは、健康であることの意味や価値が、今後さらに高まっていくということです。少子高齢化が進む日本においては特にそうだと思っていて、いかに健康であり続けるかが重要なテーマになってくるはずです。それは50年後や100年後の日本で暮らす僕たちの子どもやその次の世代にとって、社会医療費の負担をどれだけ減らすことができるかという文脈でも重要だと考えています。


とはいえ、「健康になりましょう!」と言っても、いま健康に課題がない人は意識するのが難しいです。それに危機感を煽ったところで、健康のために運動を始めるのは最初だけで、なかなか続かないと思っています。だから、何が大事かと言うと、やっぱり楽しさだと思っています。


楽しいから続けられるし、楽しんで続けた結果、健康になれるとしたら、それって本当に素晴らしいことだと思うんです。そして、それを実現できるのがスポーツであり、スポーツが持つ本質的な魅力ってそこだと思っています。


そして、スポーツの中でも、誰でも、いつでも、どこでもできるのがランニングで、非常にパイが大きいです。つまり、社会的にとても大きなインパクトが出せる可能性がある。だから、僕たちが仕事をがんばって、1人でも多くの人が走り出すことができて、走る楽しさを知り、走ることをやめずに続けていく。そんな世の中になれば、ランニングを通じて健康を手にする人が増えて、未来に負担を押し付けずに済む。この方向性に共感してくれるSTAFFが多くいます。


─────これまで運動をしてこなかった、あるいはすぐにやめてしまう人たちの行動を変えるのは難易度が高そうに思います。ラントリップにはどのような機能があるのでしょうか?


まだ走り出していない人に「走りたい」と思ってもらうには何が必要なのか?というのは、創業以来ずっと考えてきました。創業から10年が経って、やっとひとつの解にたどりついたんです。


キーワードは『リワード』と『コミュニティ』です。僕たちが提供しているサービスは、すべてこのキーワードに沿って設計されています。


リワードというのは何かしらの行動や成果に対して与えられる報酬のことですが、Runtripを使ってランニングをするとマイルが貯まるようになっています。マイルに応じてプレゼントが当たったり、貯めたマイルをクーポンに変えてシューズが安く買えるなど、経済的なインセンティブにつながるような仕組みを入れています。


また、SNS機能があるので、自分のランニング結果を投稿したり、ほかのユーザーさんから「ナイスラン!」とリアクションをもらうこともできます。アプリ内でやり取りが生まれ、『コミュニティ』につながっていくという設計です。


最近だと、日本中のマラソン大会で、Runtripのユーザーさんが有志で応援団を結成してくださることがあります。手作りのボードにサービスのロゴを貼り付けてくれて、沿道でそれを持ってほかの地域から来るユーザーさんを応援してるんです。どの大会に行っても現地の応援団がいるので、僕もびっくりするくらいです。普段はアプリ内でのやり取りなのですが、大会がオフ会みたいになっているんです(笑)。


開催地のユーザーさんがホストになって、「何時に集合してください。記念撮影します」とか、「終わったらこのお店で打ち上げするので参加できる方は連絡ください」とか、ほかの地域のユーザーさんをおもてなしするんです。そして、別の大会では現地のユーザーさんがホストになって、という具合です。アプリでつくった関係性を、リアルのオフ会で深めていくという感じで、熱量の高いコミュニティができています。


話を戻すと、ラントリップのユーザーデータ数万件分を分析したことがありました。マイルが付与された人と機能開発前で付与がなかった人を比較したり、SNS機能を使っている人と使っていない人を比較したんです。その結果、リワードとコミュニティがあることが、これまで運動習慣がなかった人が行動変容する大きな要因だとわかったんです。


加えて、外部機関との共同研究でユーザーさんの血液検査なども行なったのですが、運動習慣がついた人は血糖値が改善するなどの変化が見られました。つまり、Runtripのアプリを使うとランニングが始められ、続けることができ、その結果、生活習慣病の予防につながっていることがわかったんです。


なので、特にビギナーの方にとっては、リワードとコミュニティがあることで行動変容につながりやすいこと。そして、行動変容が健康につながっていくこと。これらがデータでも実証できたので、今後もこのキーワードを軸にサービス開発を行ない、僕たちが描いている世界観を広げていきたいと思っています。


ちなみに、この施設(※)もリワードとコミュニティをキーワードに設計しています。


(※)インタビューを実施した施設。2025年6月16日、ランナーのためのクラブハウス『Runtrip BASE YOYOGI PARK』として東京・代々木公園にオープン。


チェックインしてランニングしてもらうと、月間で累計30km走ったらビールやコーヒーのクーポンが毎月もらえますし、普段はECで取り扱っているシューズやウェアを買うこともできます。また、運動量が公園保全へのドネーションにもつながります。そして、ランナーのための施設としては異例なのですが、バーカウンターも設置しています。これは、ランナー同士のコミュニケーションが生まれるようにしたかったからです。


─────現状では、どれくらいのユーザーの方が登録しているのでしょうか?


累計のアプリ会員数は60万人ほどです。ランナー向けのメディアも運営しているのですが、メディアだと年間で400万人ほどのランナーと接点が持てています。日本のランナー人口は約1,000万人と言われているので、合わせると全体の4割くらいと年に一度は接触できているという認識ですね。


─────ユーザーの方と接点を持つなかでわかってきたこと、やり甲斐に感じることなどはありますか?


そうですね。先日、会社が10周年を迎えたので、ライブ配信をしたんです。ありがたいことに数百件ほどのコメントをいただきました。AIで分析したら、すごくうれしいコメントがたくさんあったんです。


多かったのは、人生が変わったという声です。僕が感じていたことと同じで、「ランニングを始めたことで、いろんなモヤモヤが晴れました」というのもありましたし、「コミュニティに入ったことで世界が広がりました」というのもありました。あとは、「続けられているので自分に自信が持てるようになりました」とか「積極的になれた」とか、「健康になりました」や「新しいコースでランニングすることが楽しみです」などですね。


僕もいろんな地方のマラソン大会に行くことがあるのですが、知らない人が近づいてきて「大森さんに会ったらお礼が言いたくて。このアプリをつくってくれて本当にありがとうございました」とか言ってくださるんですよ。この施設をオープンしたときも、日本中からコアなユーザーさんが来てくださって、「いつもRuntripを使っています。大森さんがいると思ったので、休みを取って会いに来ました」みたいな。


「人生が変わりました」というのはすごく言っていただけますし、わざわざ声をかけてくださるのも本当にうれしくて、とてもやり甲斐を感じていますね。


 


5年前の妄想が現実になったいま、この先どんな未来を描くのか

─────今後の事業展開について聞かせてください。


大きく2つの軸を置いています。ひとつはECです。昨年リリースしたなかに、マイルをECのクーポンに交換できる機能があるのですが、明確にユーザーさんの伸びと相関しています。マイルをクーポンに交換できるからRuntripを使う。それによりECの売上が伸びる。このサイクルをつくることができたので、引き続き強化して、ECを一気に伸ばしていきたいと思っています。


もうひとつは、アライアンスです。アライアンスに力を入れることで、マネタイズのポイントを拡張したいと考えています。たとえば保険だったり、旅行だったり、もしかしたら法人向けの福利厚生の一環だったり、いろいろあると思うのですが、ランニングをウェルビーイングという領域に入れることで、かなりいろんなものとつなげられると考えています。なので、いろんな可能性を模索しながらマネタイズポイントを増やしていきたいですね。


─────この『Runtrip BASE YOYOGI PARK』のような施設をほかにも展開していくといった構想もあるのでしょうか?


取り組みとしてはおもしろいと思いますが、実はハードを運営することにはそこまで興味がないんです。じゃあ、なんでわざわざこんな施設をつくったの?という話になるのですが、僕たちにとってはひとつのトライアルなんです。こういった施設があることで、どこまで地域社会に貢献できるのかを一度試してみたかったんです。


この施設もリワードとコミュニティをキーワードに設計しました。この施設があることで、運動習慣がなかった人の行動変容が起きやすくなるはずです。すると、この地域の人たちの健康増進につながるはずです。


加えて、運動量に応じて1kmあたり0.1円を代々木公園の保全活動に寄付するという仕組みを導入しています。ランニングすればするほど、健康になり、コミュニティが広がることに加えて、地域の自然保護にも貢献できるというシステムです。施設を運営することよりも、このシステムがうまく回るのか?というところに、僕たちは着目しています。


いま、日本中で公園の再開発が盛んに行なわれています。公園がキレイになったとしても、利用する地域の人たちや公園を維持するための経済的な仕組みがないと、持続可能なものにはならないと考えています。だから、この代々木公園をフラッグシップにして、将来的にいろんな地域にインストールしていく。そういうことをやりたいなと考えています。このシステムがうまく機能すれば、地域の方は健康になるし、地域の環境保全や発展にもつながるモデルだと思っていますから。


─────こういったアイデアはどのように生み出されているのでしょうか?


10周年のライブ配信をしたときに、これまでの歩みを振り返っていて思い出したんですけど、実は2019年に妄想で未来予測をしていたんです。当時、それをテキストにまとめていて、「5年後のRuntripを体験してきた」というテーマで、A4で5枚くらいあるんですけど(笑)。


2019年になぜ僕がそんな妄想をしたかというと、スープストックトーキョーの会長の方と同じイベントに登壇したことがあったのですが、その方がそうやって事業計画をつくると聞いたからなんです。その方の場合、何年後かの会社や事業のイメージを小説風にしたり、絵にするそうで、そのほうが数字を並べるよりもずっと浸透するということでした。


それを僕もマネして、週末にホテルにこもり「5年後のRuntripを体験してきた2泊3日」という妄想のテキストを書いたんです。その存在を思い出して、10周年のときに読み返してみると、いろんなことが書いてありました。


アプリで知り合った人たちが、旅先で出会って友達みたいになっているとか。走るだけでポイントが貯まって、シューズが安く買えるようになるとか。


僕は妄想テキストの存在をすっかり忘れていたのですが、2019年に書いたことは5年後の2024年にだいたい実現していたんですよ。唯一実現していなかったものがあって、それが「ラン機能とカフェ機能が併設されたリアル店舗を開設し、そこではシューズが展示されていたり、イベントができたりする」というものでした。5年後の2024年には間に合わなかったけれど、10周年を迎えた2025年に施設をオープンできたので、これも実現していて。「あれ、全部できてる!」って感じで自分でも驚きでした(笑)。


2019年当時は本当に何の根拠もない妄想だったのですが、詳細までイメージしてテキストにしたところに意味があったのかなと思っています。頭の中でリアルに思い描いたことは、たとえ書き出した紙の存在を忘れていたとしても、潜在的にどこかで覚えていると思うんです。そして、結果的にはオートパイロットで、実現に向けた言動を取るんだろうなと。そして、「次の機能をどうするか?」といった話し合いをしているときに、その記憶が無意識のうちに呼び出されてくるんだと思います。


アイデアの生み出し方は?という質問とはズレてしまうのですが、具体的に、リアルに未来を思い描くことで、実現する可能性は高まるのだと思いますね。


─────起業当時はどのような「経営者としての未来像」を思い描いていたのでしょうか?


「いつまでにこういう経営者になる」というのは決めていなかったです。だからなのかわからないですが、資金繰りには苦労していました。


最初は自己資金で始めたのですが、「10ヶ月は無給でやる」と決めて、10ヶ月後にVCから資金調達ができたから生き延びることができました。


そのあとも資金が尽きそうになったときに、僕たちの方向性に共感いただけたエンジェル投資家の方と出会うことができて生き延びて。沈みかけて、浮上して、というのを何度か繰り返しているんです。


ただ、ピンチを乗り越えるたびに変わることができた実感はあります。たとえば、自分の本音を仲間にオープンにすることが苦手だったのですが、できるようになりました。


業績が厳しいときとか、会社として踏ん張らないといけないときってあると思うんです。そういうときに、「いま会社がやばいです。でも、この方向性で間違いないと思っているので、みんなの力を貸してください」って言えるようになったんです。すると、組織がより筋肉質になったり、事業がグッと伸びたり。そういう経験は何度かありますね。


─────「本音を明かす」というのは経営者としては勇気が必要ですね。


そうですね。ただ、ハードルや制約のようなものがあるほうが組織が成長することは事実だと思います。だから、たとえばですが「あと半年でキャッシュが尽きるとしたらどうする?」みたいなことを経営チームで意図的に意識していくと良いのかもしれませんね。


やっぱり「経営者としてこうありたい」という理想像は自分のなかにはなくて、あるのはRuntripというサービスを、より多くの方に、できるだけはやく届けたいという想いですね。


─────最後の質問です。5年前に現在の状況を思い描いていた大森社長ですが、テクノロジーの進化が続く先にどのような未来が待っていると予想されますか?


そうですね。これも妄想ですし、何も保証はできないのですが、健康への回帰というか、肉体的な体験への揺り戻しがあるのではないでしょうか。実際に身体を動かすスポーツという領域の存在感や価値がいまよりも増していくという気がしています。


たとえばテクノロジーが進化することで、ウェアラブルデバイスで取得できるバイタルデータの種類が増え、精度も高くなるはずです。加えて、医療の分野においてもいろんなエビデンスが取得できることで、従来はできなかったシミュレーションができるようになったりすると思います。すると、「いまの生活を続けていると、何年後にはこういう病気になるリスクがあります」とか「将来的に、これくらいの医療費が必要になります」とか、そういうことが今よりもさらに高い精度でわかる世界になると思うんです。


このままだと病気になるリスクが高い場合は、できるだけ早く行動変容したほうがいいのですが、なかなか難しい。だから、楽しみながら行動変容することが重要になってくるはずで、そうなったときにRuntripが担う役割はいまよりも格段に大きくなっていると思います。たとえば、「今日のランニング結果は、将来の医療費に対してこれだけのインパクトがあります」みたいなことを、Runtripのなかでも算出できる未来がくると思っています。


いまは二酸化炭素の削減目標とかあるじゃないですか。排出権取引みたいなビジネスをしている企業もありますが、同じような指標が、健康においても設定されるような気がしています。


企業や自治体ごとに、「将来の医療費をこれくらい削減しましょう」みたいなコミット目標ができて、そこに向けて個人が健康増進のための行動をする。たくさん行動して、将来の医療費を削減できた人にはリワードが付与される、みたいなイメージです。将来の医療費を下げるために走るとなると少し気が滅入ってしまいますが、僕たちのサービスなら楽しみながら運動できます。


─────ここ数年注目を集めている健康経営や人的資本経営の文脈から考えても、十分にあり得そうな気がします。


そうですね。ヘルスケア領域における成果連動型の民間委託契約の導入も少しずつ進んでいます。自治体が推定される医療費抑制効果を算出して、その基準をクリアした民間事業者にはレベニューを支払うというものですが、個人の健康増進と医療費削減をセットにする動きは今後増えていくと考えています。


これは私の過去の経験談ですが、スポーツインストラクターをしていたときは、1回のイベントで1人3,000円とかでした。しかし、定期的にイベントに参加することで得られる健康増進効果を算出できれば、もっと価値があるかもしれません。


それを数値やエビデンスで証明できれば、個人が支払う参加料を無料にして、税金からイベント代を支払う。そういうモデルができるかもしれません。無料になれば参加者が増えると思いますし、参加者が増えれば健康な人も増えるはず。そうすれば、その地域の医療費削減につながりますし、イベントでリアルな接点が生まれるでしょうから地域のコミュニティも活性化する。そんなサイクルができたらいいな、と妄想しています。


そんな未来が来ることを想定して、楽しく行動変容ができて、楽しく続けられるサービスを、これからも磨き続けていこうと思います。


会社概要 - company profile

企業名:株式会社ラントリップ

事業内容:無料の総合ランニングアプリ『Runtrip』の開発・提供、メディア、イベント、EC事業など

コーポレートサイト:https://corp.runtrip.jp/

インタビューを終えて
水野 歩

水野 歩

株式会社ディプコア 代表取締役CEO

最後にお聞きした大森社長の未来予測は、非常に興味深いものでした。 テクノロジーによって見えなかったものが可視化されることで、健康であることの意味や健康な状態を維持するために支払われる努力の価値が数値化される。このような未来は確かにイメージできます。そう考えると、日本のような少子高齢化が進む社会においては、社会保障のあり方を見つめ直す際のひとつのテーマになるかもしれません(もちろん、先天的な理由などで運動をすることが困難な方への支援策と一緒に)。 いずれにせよ、健康増進に向けて取り組むのなら、大森社長がおっしゃるように「楽しく」取り組みたいものです。また、今回の妄想の答え合わせのために、5年後に再びインタビューができることを楽しみにしたいと思います。

※本記事の内容はすべてインタビュー当時のものであり、現在とは異なる場合があります。 予めご了承ください。
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