
T2D3の倍の速度で事業を成長させるSales Marker小笠原。彼が描く、インテント経営モデルによりウェルビーイングが実現した世界とは。
2025.10.09 公開

2025.10.09 公開
企業名:株式会社 Sales Marker
設立:2020年
事業内容:インテントセールスSaaS「Sales Marker」の開発・運用

グローバル・ブレイン株式会社 代表取締役社長
競合ひしめくB2Bソフトウェアのセールス・マーケティング領域において、インテントデータを活用して新たな価値を創造してきたプロダクト開発力とそれを支える壮大な経営ビジョンがSales Markerの最大の魅力です。また、その若さと外見からは想像できない小笠原代表のストイックさと仮説検証能力の早さも投資の意思決定をする上で重要な点でした。かつてないスピードで成長してきたSales Markerが手綱を緩めることなくより大胆なチャレンジを続けていってくれることを期待しています。
青森県出身で、小さい頃は虫取りが大好きでした。特にカマキリが好きだったのですが、ある日テレビを見ていると、地球温暖化の特集を目にし、「このまま温暖化が進んでいくと、昆虫が生息できなくなるかもしれない」ということを知ったんです。虫取りが大好きな私としては衝撃的な内容で、「どうにかしてこの問題を解決しなければ」と子どもながらに使命感を持ちました。
そこから地球温暖化についてたくさん調べ、CO2を削減する装置のアイデアを思いつき、作文にまとめて提出したんです。そのアイデアが県で表彰され、クラスメイトからも褒められた経験から、将来は自分のアイデアで世の中の困りごとを解決したいという気持ちを持つようになりました。そして、父親がエンジニアだったこともあり、「将来はITで社会課題を解決する」という夢を抱くようになっていったんです。

エンジニアを志していたので、コンピューター・サイエンスを学べる大学に進学し、将来の夢が決まっていたので、大学2年生の頃からインターンシップに参加したりしていました。3年生や4年生が参加する就職説明会を受けに行ったりして、早くから情報を集めていたと思います。そして、「未来創発」という企業ビジョンに魅力を感じて、野村総合研究所(※以降、NRI)に新卒で入社しました。
エンジニアとして金融機関向けの基幹システム開発や新規事業の企画立案などを担当していました。また、NRIと野村ホールディングスでジョイントベンチャーを立ち上げたり、ブロックチェーンのプラットフォーム構築に関わったりしていました。
平日はNRIの仕事に打ち込み、休日は仕事仲間や学生時代のインターンシップで知り合った友人と一緒にハッカソンやビジネスコンテストに出場していました。自分たちでアプリをつくり、それを評価してもらうことで、将来の夢の実現に向けて前進している実感がありました。
新着インタビューの企画立案を担当したり、NRIでジョイントベンチャーの立ち上げを経験したこと。それに、ハッカソンやビジネスコンテストに参加して、自分たちでアプリやプロダクトをつくったこと。これらを通じて、子どもの頃に抱いた「自分のアイデアで社会課題を解決したい」という想いが一層強くなっていきました。そして、社会人2年目になった頃には、起業を考え始めました。

仕事と並行して参加したハッカソンでは、発表したアプリが日本大会で優勝し、さらにはアジア大会でも優勝して、大手企業から出資のお話をいただいたこともありました。そういった経験もあり、当時は「ビジネスの世界でも自分のアイデアは通用するんだ」という気持ちでいたんです。ただ、実はまったく 事業としては成立しなくて、自分の力不足を痛感するばかりでした。
当時、全部で9つくらいのプロダクトを作ったのですが、先に結論をお伝えすると、ひとつも事業化できませんでした。
大会で優勝したデリバリーアプリを例にすると、ちょうどコロナ禍でまだUber Eatsが日本に普及するかなり前のタイミングで、大会で優勝したあとに実証実験を行ないました。
街なかのお店にお弁当を買いに来ていたおばあちゃんに協力してもらい、「このサービスを使えばご自宅にお弁当が届きますよ。スマホがなくても、電話でも注文できるんです」とサービスの特徴を説明したんです。そのおばあちゃんはご自宅から1時間かけて買い物に来ていたそうで、「わざわざ移動しなくてもご自宅に届きます。便利になりますよ」とアピールしました。
するとおばあちゃんは、「お弁当を買って、地域のコミュニティでお友達とおしゃべりするのを毎日の楽しみにしているのに、なんでわざわざ自宅に届けてもらわないといけないの?」と言うんです。私は食い下がって、「確かにそうですね!でも、体調が悪くてお出かけできないこともあると思うので、そういうときに使ってもらえませんか?」と聞いてみると、「50円くらいで届けてくれるなら使ってもいいかな」という回答でした。
50円の売上では、事業とし て拡大していくイメージが少しも持てませんでした。ビジネスとして成立しない上に、ペインを抱えているであろうおばあちゃんの生きる楽しみを奪うことになるので、これは筋が悪いプランだったなと。
ここから得られた学びは、差別化にフォーカスしすぎて本質とはズレたところを狙ってしまったことです。このアプリは、マップ技術を活用して最適なルーティングを実装するといった技術起点で考えたものだったのですが、そこに重きを置きすぎてペインを抱えていない人に不要なサービスを押し付けてしまっていました。いまとなっては笑い話ですが、これと同じような話があと8個くらいあるんです。

ハッカソンで優勝したり、表彰を受けたりしていたにもかかわらず、実際の社会では実を結ばなかった。「技術力だけではダメだ。ビジネスの経験を積まないと世の中を良くするようなサービスはつくれない」ということを痛感しました。そこで、ビジネスの経験を積むために、コンサルティング会社のベイカレント・コンサルティングに転職しました。
ビジネスの力を高めたくてベイカレントに転職したのですが、最初のプロジェクトでさっそく壁に当たりました。プロ ジェクトの資料づくりを任され、上司にレビューしてもらう機会があった時のことです。
NRIにいたときは、私がつくる資料は「わかりやすい」「質が高い」とそれなりに評価していただいていたのですが、同じクオリティで資料を提出したところ、「なんだこの資料、わかりにくいな」と門前払いでした。
5枚の資料をつくって、最初にアジェンダをつけて提出したのですが、「なんでこのアジェンダにしたの?」と30分くらい質問されて、アジェンダから全然先に進まないみたいな(苦笑)。個人的にはすごく気合いを入れてつくった資料で自信もあったのですが、「まったく話にならない」という評価でした。
そういうことを何度かくり返していくうちに、私の中に学びが蓄積されていきました。そして、あるタイミングでつくった資料がお客様にご評価いただけたんです。「すごくわかりやすいし、示唆をもらえる資料だと思う」と褒めていただけました。そのときに、エンジニアからコンサルタントになれたというか、これまでの自分の枠を越えることができたと感じました。
そこからコンサルタントとして様々なプロジェクトを担当し、新規事業の戦略立案や営業戦略立案の経験を積んでいきました。
壁に直面したら、どうにかしてそれを乗り越えたいタイプなのかもしれません。苦手なことを 苦手なままにしておくのは嫌ですし、できなかったことができるようになることで自信にもなります。少し話が外れますが、以前参加していたハッカソンやビジネスコンテストからも多くの学びを得ることができました。
ハッカソンには、新規事業開発のプロセスがすべて含まれていると思っています。たとえば、設定されたテーマに潜む課題を24時間以内に発見し、根本原因を見つけること。原因を解決できるソリューションを開発し、それをプレゼンという形でアウトプットすること。私はこのプロセスを9回経験し、9個のプロダクトをつくりました。
プロダクトが事業として成立するかはいったん横に置いておくと、課題の発見からソリューションの開発、プランのアウトプットまでを高速で回すことができるようになったんです。アプリ開発は一般的には早くても1〜2ヶ月くらいかかると言われています。環境を構築し、サーバーを立ち上げて、機能やデザインをつくってリリースするのに時間がかかるからです。しかしハッカソンではそれを24時間でやり切ります。そのため、いわゆる0→1の経験を積むことができました。
そして、ハッカソンやビジネスコンテストに参加していたことで、創業メンバーとも出会うことができたんです。
一緒にハッカソンに出場した陳や渡邉のスキルは非常に高くて、陳はバックエンドに強く、渡邉はフロントエンドに強いです。交流会で出会い、「将来は社会課題を解決できるようなサービスをつくりたい」と意気投合した荻原は、一緒に参加したビジネスコンテストで入賞しました。彼は高い営業力に加えて、局面がつらい状況になればなるほど、その状況を楽しむタフさと、どうにかして解決してしまう実行力を持っています。
新規事業開発や0→1に強い私のまわりには、技術に強い陳と渡邉、そして営業や事業推進に強い荻原がいました。この4人がそれぞれの強みを活かしてひとつのチームをつくったら、製販一体のすばらしい会社ができる。そう思って、みんなに声をかけ、4人で起業することにしたんです。

それが2021年の7月です。既存の枠を越え、挑戦できる世界を創りたいという想いから、「CrossBorder株式会社(※)」として創業しました。
(※)2023年12月に社名とサービス名を統一し「株式会社Sales Marker」に商号変更
はい。ただ、すぐに方針転換をしました。というのも、シードの資金調達をするにあたり、投資家の方々と議論をするなかで、広くビジネス全般のニュースを扱うサービスではなく、領域を絞ったプロダクト を開発する方が良いという結論になったからです。
そこでセールスに領域を絞ったものの、2021年当時はセールステック市場は競合が多く、これから市場に参入するにはそれなりの特徴が必要でした。『Sales Marker』の前身となったプロダクトは営業リストとちょっとした動的データを掛け合わせたものですが、投資家の方々からの評価は厳しいものでした。
「面白いし、価値も感じるけれど、既存サービスと比較すると新しいポイントがない」とか、「経営チームは確かに強そう。でも、事業に新規性がないので投資確定できません」などです。
フィードバックをくださった投資家のなかに、SaaS業界で著名な方がいらっしゃいました。その方が投資したスタートアップの8割はPMF(※)していると聞いていたので、「絶対にこの方に出資していただきたい!」と思ったんです。
(※)PMF: Product Market Fit(プロダクトマーケットフィット)」の略。提供している商品やサービスが、顧客のニーズに合致し、市場に受け入れられている状態を指す。スタートアップや新規事業の成功を測る重要な指標とされ、顧客が本当に求めているものを、適切な市場で提供できているかを判断する基準となる。
そしてチャレンジを続けるなかで『インテント』に辿りつき、その要素を取り入れたプロダクトをつくりました。その結果、「既存のサービスとは異なり、確かなニーズがわかるサービスですね。明確なバリュープロポジション(顧客に提供する独自の価値)が生み出されたと思います」と評価をいただき、出資を決定いただくことができました。
エンジニアの枠組みを越え、コンサルの枠組みも越え、ちゃんと伸びる事業をつくれる起業家になれたと手応えを感じました。これまでも「自分を越えることができた」と感じるタイミングは何度かありましたが、そのなかでもトップクラスだと思います。

このサービスが誕生した背景には、私の実体験がありました。
ひとつは、コンサルティングファームでの経験です。市場調査に時間がかかり、思うような営業戦略が描けませんでした。新規事業戦略や営業戦略の立案を支援していたのですが、市場調査や調査結果の分析に3ヶ月ほどかかっていたんです。
市場の変化スピードが速いため、分析が終わる頃には顧客のニーズや市場の状況が変わってしまいます。分析結果を活かした営業戦略をつくっても、すでに陳腐化しており、機会を逃している。そんな経験から、「顧客が求めているものは何か」をできる限りスピーディーに、リアルタイムで把握したいと考えていたんです。
もうひとつは、従来の営業活動に対する強烈な違和感です。 新規開拓営業の場合、100件のリストにアプローチしても、獲得できる商談は1件くらい。これをやり続けることが求められ、中には心が折れてしまう営業もいると聞いていました。非効率な営業活動は、それに従事する営業のメンタルにも影響します。アプローチされる企業にとっても、対応の時間が取られてしまい双方にとって非効率です。そのため、この状況を解決できるサービスを開発したいと考えました。
いま、顧客がどんなニーズを抱えているか。これがわかれば、効率的で効果的な営業活動ができるはずです。どうすれば実現できるのか、何かヒントになることはないか。国内・海外問わず、いろんな情報を調べまくっていきました。そこで出会ったのが「インテントセールス」という手法です。
海外ではインテントデータを活用し、顧客のニーズをリアルタイムで分析できるツールが使われ始めていることを知りました。インテントデータというのは、ユーザーの購買意欲や興味関心を示す行動履歴データのことで、Webサイトの閲覧履歴や検索キーワードなどが該当します。これらのインテントデータを活用したツールを提供している企業は、日本にはまだありませんでした。そこで、私たちが最初にサービスに落とし込もうと考えたのです。
日本でインテントセールスの手法が普及していなかったのは、4つの壁があったからだと考え ています。
まずはデータ取得の壁です。インテントデータが取得できるプロバイダーが限られているため、そもそものデータを取得することが困難でした。インテントデータには大きく3つの種類があり、顧客のニーズを把握するのに最も効果的なものが「3rd party インテントデータ」です。

そこで私たちは最もデータ量が多く、最もデータ品質が高いとされるプロバイダーと独占契約を結び、独自のインテントデータを取得することでこの壁を乗り越えました。
ふたつめは、データ分析の壁です。膨大なデータを取得できても、それらを分析できなければ活用できません。日本の企業数は約500万社で、部署のデータは約160万件、人物データは約560万件あります。そして、1日あたりおよそ50億レコードのインテントデータがあると言われています。
これらをうまく統合すること。そして、購買検討フェーズというフラグをつけインテントデータとして整理すること。それらをリアルタイムで毎日出力していくこと。これらを実現できるだけの技術力が必要ですが、私たちにはファウンダーの陳と渡邉の技術力があります。特にCTOの陳にはLINEやマイクロソフトで膨大な量のビッグデータを扱ってきた経験がありましたから、彼の知見によってデータ分析の壁を乗り越えることができました。
次はインサイトを導き出す壁です。膨大なデ ータから営業戦略や営業活動に使える顧客のインサイトを導き出すのに、私の経験が活きました。
どのようなキーワードで検索し、どのような製品・サービスについて調べていて、どのようなテーマの記事を閲覧しているのか。これらのデータを分析することで、顧客が何を求めているのか、情報収集段階なのか・比較検討段階なのかなどを導き出す必要があります。
そこに、コンサルティングファームで新規事業戦略の立案や営業戦略の立案に携わっていた私のノウハウがピッタリとはまりました。
『セールスシグナル』というアルゴリズムをつくり、特許も取得したのですが、これは膨大なレコードの中からちゃんとニーズとして判断できるものをピックアップし、分析結果をインサイトとして提供するというものです。

このシグナルを見れば顧客の状況がわかり、状況に合わせて営業戦略が立てられます。たとえば、『自社検討シグナル』といって自社のことについて調べている企業がいたら、すぐにインサイドセールスがアプローチすればいいですし、『他社検討シグナル』が出ている企業があれば、競合に気持ちが寄っている可能性があるので早めに実力のある営業からアプローチさせるということが可能になります。
最後に出てくるのは、成果を創出するための壁です。活用できるデータがあり、営業戦略があっても 、日々の営業活動に落とし込むことができなければ成果にはつながりません。この壁を乗り越えるために、ファウンダーの荻原のノウハウが非常に活きました。
彼はキーエンスで全国1位になった経験があります。自分で営業実績をあげるだけではなく、多くの営業メンバーが成果を出すために「現場の状況に合ったプロダクト設計」が重要だということを理解しています。
そのため、ただデータを閲覧できるツールをつくるのではなく、そこに『AIセールス』というAIによるサポート機能や、『ISC(インテントセールスコンサルタント)』という専門スタッフによる人的なフォローを組み込んだんです。
『AIセールス』では、商談に繋がりやすい企業を自動でターゲティングしてくれたり、アプローチすべき人物を特定し、的確なアプローチ文面を自動で生成してくれます。営業の属人性をできるだけ取り除くことで、一定の品質が担保された営業活動が可能になります。『ISC』は、たとえばコールにおける声のトーンや話し方のアドバイスなどを行ない、より効果的な営業活動になるようサポートします。
『AIセールス』が出力したトークスクリプトに対して、そのスクリプトではなぜその言葉を使っているのかなどを補足で説明するのが『ISC』というイメージです。加えて、ツールを使いこなすためのコツやインサイドセールス組織を生まれ変わらせるための支援といった、ある種の泥臭いことも行ない、事業を伸ばすためのご支援を多面的に提供しています。

デイリーアクティブユーザーのデータを見ていますが、ほとんどのお客様に高い頻度で使っていただいています。そういう意味では、満足度は比較的高い状態だと思っています。もちろん、ここに至るまでにいろんな局面がありました。たとえば、お客様の課題に私たちのソリューションがフィットしない場合です。
『Sales Marker』は、お客様の事業成長を支援するプロダクトです。誤解を恐れずに言うと、事業成長が止まってしまったお客様の場合はお取引もストップします。「事業を撤退した」とか「営業組織の変更があった」というケースです。また、成果の創出には一定のリードタイムや実行の積み重ねが必要であり、短期間で劇的な成果を保証する魔法のツールではありません。だからこそ、私たちは「どうすればお客様がより早く成果を実感できるか?」を常に考え、機能開発や伴走支援を進めています。
例えば、従来は定例ミーティングを重ねながら3週間かけて完成させていたセールストークやアプローチ文面を、『AIセールス』機能によって1日で生成できるように改善しました。これにより、お客様の貴重な時間をより成果 に直結する活動へ充てていただけます。
また、営業組織に変化があった場合も、AIエージェントによる自動化を活用することで活動を止めずに進められるよう工夫を重ねています。こうした取り組みを通じて、お客様にご満足いただきながら導入社数を伸ばしてきました。
そうですね。むしろ傾向としては下がっていると思います。プロダクトとしての改善や機能拡充の途上にあり、解約率も一定程度はありましたが、現在は継続的に低下しています。
お客様の実績や活用事例が蓄積され、機能も着実に進化してきたことで、エンタープライズのお客様が増えてきました。当初は売上規模が1億円未満のお客様が多く、事業が終わってしまったなどの理由で解約もありましたが、最近は売上1,000億円以上のお客様が増えてきました。
営業組織を育て、腰を据えて事業を拡大されているお客様がほとんどであり、そのようなお客様の層が増えたことも、解約率の下降トレンドにつながっていると考えています。